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Cup of Green tea

「……あら、紅(くれない)くん、いらっしゃい」
 微かに茶色く色づいた畳の上にその長い足を揃え、緑川翠(みどり)先輩がアヤメの花のように上品に微笑んで僕を招き入れてくれた。彼女とこうして顔を合わせるようになってもう一ヶ月も経過すると言うのに、こうして小さな畳の部室で逢瀬を重ねる度に僕のチキンハートは酷使される。
「こ、ちは……です、先輩」
「今日も来てくれて嬉しいな。今、お茶を立てたところなの」
 どうぞ、と促されておずおずと先輩の正面に置かれた小豆色の座布団に正座する。すると先輩が悪戯っぽく目を輝かせて、
「足、崩してもいいよ。また痺れちゃったら大変だものね」
「あ……す、すんません……」
「いいのいいの。茶道部は初めてだものね?」
「はい……」
 小さくなる僕に先輩はくすくすと鈴を転がすような声で笑いながらことん、と漆黒色の器を置いた。中には綺麗に立てられたいつもの抹茶が待ち構えている。
「どうぞ。今日の初めの一杯よ」
「ど、どうも、頂きます……」
 僕が器を持ち上げて、先輩から教えてもらったように不器用な手つきでソレを回す。それを先輩が綺麗な黒曜石を思わせる瞳でじぃーっと観察するものだから、うっかり手から滑り落ちて割ってしまいそうになる。ああ、先輩、見ないで下さい。そう言いたいけれど、そんなことを言って嫌われても困る。複雑な心境を抱えたままの抹茶は、正直味がよく分からなかった。
「……け、結構な、お手前で……」
「ふふっ、お粗末様でした」
 先輩が満足そうに微笑んで、ぺこりとお辞儀する。仕草の一つ一つが綺麗だな、先輩。つい見とれてぽーっとしてしまう。あまりにもぼーっとしてしまうせいか、
「? 紅くん、どうしたの?」
「あ、す、すんません、その……」
「あ、もしかして眠くなっちゃった? もうお昼休みだものね」
「あー……まあ、そんな感じで」
「うんうん、この季節、暖かくて窓際が気持ちがいいものね」
 先輩がゆったりと頷いて不意に畳の上にその指先を向ける。
「畳の上もね、とっても寝心地がいいの。特にこの季節は最高に気持ちいいのよ」
「確かに……気持ち良さそうですね」
「でしょう? ……ふああ」
 先輩が口を大きく開けて欠伸をしたかと思うと、そのままこてん、と横たわってしまったものだからギョッとした。
「せ、先輩?!」
 戸惑う僕などおかまいなしに先輩はうっとりと目を細めて畳に頬擦りしている。
「うぅーん……やっぱり気持ちいいなあ。紅くんも寝転がってみて。とても気持ちいいよ」
「え、で、も……」
「ほらほら。顧問のセンセイもいないし、他の子もいないから大丈夫だよ」
 いや、そういう問題じゃ……いや、それも重大な問題ではあるけれど!
 ああ、でもこのままだと先輩がすやすやと眠りについてしまいそうだ。その先輩をこのまま観察し続けるのも何か……色々マズい気がした。
「え、えっと、じゃあちょっとだけ……」
「うんうん、どうぞ」
 先輩の笑顔に促されるまま、そっとその場に横たわる。
 鼻を掠めたのはい草の独特の匂い……とそれに混じる先輩の髪から漂うシャンプーのいい匂い。うう、何だこれ。何の責め苦だろうか。
 気持ち良さそうに目を細める先輩には悪いけど、色々心臓に悪いぞこの体勢。
「気持ちいいねえ」
「は、はい……」
 心にもないことを言ってしまった……ああ。
 でも先輩はそんな僕の答えに満足したようにうんうん頷いて、
「誰もいない時はこうやってお昼寝の時間にしてもいいかもね」
「え」
「紅くんと私だけの秘密だよ」
 何て甘美な香りのする言葉を言うのだろう、先輩は。
 その甘さに思わず目眩を覚えそうになるが、ここで理性を手放したら大変なことになると僕は頭を振って起き上がった。
「そ、それは困りますっ」
「え、どうして?」
 きょとんと緩く首を傾げる先輩に、僕は咄嗟に置きっぱなしになっていた空の器を手に取った。
「お茶! 僕、まだ先輩にお茶を立ててないです!」
「お茶……」
「そう、お茶です! 僕も先輩にお茶を飲んで頂きたいですっ」
 ぐ、と拳を握りしめて訴えると、先輩は目をぱちくりとさせながらゆっくりと起き上がると、やがてくす、と小さな笑い声を立てた。
「そうね。一応茶道部だものね。じゃあごちそうしてもらおうっかな」
「……はい! まだまだ先輩みたいに上手く立てられませんけど……」
「いいのよ、最初は誰でもそうだし。はい」
 そっと差し出された茶筅(ちゃせん)を受け取り、先輩のぬくもりの残るその柄を震える手で握りしめ、抹茶の粉と湯を入れた器の中をしゃかしゃかと掻き混ぜる。きっと先輩のように背筋は伸びてなくて猫背だろうし、混ぜ方もまだまだなっちゃいない。かなりかっこ悪いところを見せてる自覚はあるけれど、先輩の眼差しは優しかった。まるで小さな子供を見つめる母親のような温かさで、ぶきっちょな僕の手つきを愛でてくれている。
 だから、僕はこうして先輩の前でお茶を立てるのが好きだったりする。
「……でき、ました」
 混ぜ足りないところがあるだろう僕の立てた抹茶を先輩の前に差し出すと、先輩がにんまり笑って器を受け取った。
「頂きます」
「ど、うぞ……」
 しどろもどろな僕の言葉を受けて先輩がゆっくりと器を回すと小さな唇を器の端にくっつけてこくりと一口飲んだ。
 どきどきしながらゆっくりと口の中で抹茶を味わう先輩の言葉を待つ。
「……結構なお点前で」
 唇の端についた抹茶を指先で拭いながら、先輩がほんわりと微笑んだ。
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