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絵を描く

「へたくそ」
 寒い冬のある日、山の景色を描いたスケッチブックに降って来たのは雪じゃなくて、雪よりももっと冷たい男の子の声だった。

 は、として顔を上げると、丸いメガネで前髪ぱっつんの男の子が丸い目をじ、とこちらに向けて立っている。華奢な肩に掛かっているのは黒いランドセル。右側に掛けられた袋は土ぼこりでひどく汚れていた。ううん、よく見たら男の子は全身泥だらけだった。こんな寒空の下で外で駆け回って遊んでいたんだろうか。
「へたくそだね。おれがかいたほうがよっぽどきれいなやまがかけるよ」
 何も言えないでいた私に、男の子が再度そう言った。その声音はやっぱり冷え冷えとしていて、その言葉通り私を侮辱する響きが言葉の端々にあった。
 けど、私はそんな男の子の言葉にこくりと頷いてみせた。
「うん、へたくそだよ。自分でもそう思う」
 私の返しが意外だったのか、丸い瞳が狼狽えた。男の子は私が怒ったり落ち込んだりする反応を期待していたみたいだ。
「私、絵がへたくそなんだ。何を描いてもへたっぴで、面白いくらい似てないの」
「……じゃあ、なんで絵なんてかいてるんだよ」
「美術の宿題だから仕方なくね。でも、絵を描くこと自体は嫌いじゃないの。下手だけどね、無心になってできるから」
 白い空間に自分で鉛筆を動かして世界を構築していく。どんなに下手だろうとこれは私の世界なわけだから問題ない。まあ、美術の課題的には今回も残念な結果に終わるだろうけど、別にいい。美大に行くわけでもないし、絵が絶望的に下手でも生きていけるもんね。
「うまくかけなきゃつまんねえよ」
 ぽつ、と男の子が呟く。ちょっと悔しそうに。
「そんなことないよ。何も考えずに好きなように描けば上手くても下手でも楽しいよ」
「へたくそはばかにされるんだ。ともだちにわらわれて、悪くないのにいじめられるんだ」
「君、いじめられたの? だからそんなにぼろぼろなの?」
「ちがう」
 男の子が丸い瞳をぐ、と見開いて首を振る。今気づいたけど、右ほっぺに小さな痣がある。痛そう。
「……絆創膏、貼る?」
「いらないっ」
「うーん……じゃあ、絵、描く?」
「え……?」
「まだスケッチブック描くところあるから。絵、描く?」
 ん、とスケッチブックと鉛筆を差し出すと、ぽかんと口を開けていた男の子がいきなりハッとしたような顔になって、べえと舌を出した。
「か、かかねーよ、ばーか! へたくそー!」
 小学生らしい暴言を私に投げつけると、男の子は踵を返して走って行ってしまった。あら、行っちゃった。一体何だったんだろ。
 ヘタクソだとバカにされる、か。別にそれでもいいじゃないって思うけどね。
 だってどんな絵でも、それは自分だけの世界なんだし。自分さえ満足ならそれでいいじゃないって。
 仕方ない、また一人で新しい絵でも描こうか。さすがにこの山を提出したら美術のれーちゃん先生に怒られちゃうし。
 新しいページを出して、さて、今度は目の前の川でも描こうかなと鉛筆を動かしていたら、ぽすん、と隣に座る気配があった。
 あれ、さっきの男の子だ。
「……」
「……描く?」
 もう一度尋ねると、男の子はこくんと小さく頷いた。あ、今度は素直だ。
 開いたページをそのままにスケッチブックと鉛筆を渡す。すると小さな手でしっかりと鉛筆を握り、力強く大きな山を描いた。
「おー、ダイナミックだね。うん、私より太くていい感じ」
「……」
「やっぱり思い切りが大事だよねえ。ディティールにいちいち拘ってると、却って下手さが際立つっていうかさ。そもそもへたくそにディティールも何もないんだけどね」
「……」
「……君さ、何かあったの?」
 ぴた、とよどみなく動いていた鉛筆の先が止まる。
「……」
「ま、大体は予想つくけどね、君の格好やさっきの発言から色々と」
「かんけいないだろ」
「うん、関係ないね。ただ聞いてみただけだよ」
「……おれはわるくない」
「うん?」
「あいつらがいっつもつっかかってくるだけだ」
「そっか」
 ぐりぐりぐり。山の線はどんどん野太くなっていく。男の子の中にある感情が、絵になって吐き出されているんだ。私にはこんなに憤ったことってあんまりないから、すっごく新鮮だ。
「君の山、すごいね。迫力満点だ」
「……」
「そんな疑り深い目で見ないでよ。心から思ったことしか言わない主義だし、私」
「……へんなおんな」
「そうなのです、私、絵がヘタクソな変な女の子なの。でもそれだけ」
「……」
「君も、かっこよくて迫力満点の山が描ける素敵な男の子。それだけ。でしょ?」
「……ほんとに、へんなおんな」
 くす、と男の子が笑った。私もつられてへへへって笑う。
 出来上がった山の絵がシンプル過ぎてちょっと寂しかったので、私が薄く花の模様を描いてみた。
「何これ」
「何これって、お花だよ、お花。今は冬だから寂しいけど、花が咲いたらこんな感じで山が賑やかになるんだよ」
「……」
「分かってる、ヘタクソって言いたいんでしょ?」
「……ちょっとだけ、うまい、と思う」
「そう?」
「へただけど、でも、ちょっとだけうまいかも」
「そっか。よし、じゃあ私の絵にもお花を追加しとこう」
 多分、それでもれーちゃん先生は呆れるだろうけど、いいのだ。
「……ねえ、あんたってさ、へんなひとだけど」
「うん?」
「きらいじゃない、かも」
「お、大人なお姉さんを口説く気かい、少年」
「? くどくってなに?」
「あはは、さあね」
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