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片想いチョコレート

※女性同士の同性愛表現を含みます。




 カレンダーを捲ると飛び込んで来るど真ん中の忌々しい数字が、私を嘲笑う。単なる平日の一つだと思い込みたいのは山々だけど、つるこがそうさせてくれない。




片想いチョコレート

「ねえ、美雪、見て見て!」
 バニラエッセッンスの匂いを漂わせながら私の背中に覆い被さって来たつるこは、右側からピンク色の文字で彩られた雑誌をちらつかせ、上機嫌な声でそれを読み上げる。
 コレデカレノハートモトロトロマチガイナシ。コトシノバレンタインデーハフォンダンショコラデキマリ。
「中からチョコレートがとろーってなるんだって! すっごく美味しそうでしょ!」
「今年はこれにするの?」
「うん! 去年は恥ずかしくて告白できなかったけど、今年はラストチャンスだし! チョコチップクッキーから一気に本格なチョコレートで勝負しなきゃ!」
「あー、はいはい、分かったから、背中から降りて、重い」
 しかめっ面を作って言うと、意地悪そうな「いっしっし」という笑い声と共に、つるこが体重を掛けてくる。さらり、と癖の無いブラックブラウンの髪がほっぺをくすぐって、ますます匂いが強くなる。
「こーら、つるこー」
「だって、美雪の背中広くて好きなんだもん」
「悪かったわね、どーせ女のくせにがたいがいいですよおーっだ」
「んもー、拗ねるな、拗ねるな。美雪だって可愛いじゃん。その内彼氏ができるのも夢じゃないって!」
 こういう台詞を聞く度、つるこには一生私の気持ちなんて分からないんだろうなあと思う。ううん、分からなくていい。むしろこの気持ちを消してくれるなら、彼氏の一人でもできればいい。でも現実男っ気のない私に彼氏はできないだろうし、できたとしてもこの気持ちを凌駕する思いを抱くことはできないだろう。
 だから、私はこの気持ちをこの甘ったるいバニラエッセンスに囲まれながら、隠し通していくしかない。いつか、つること疎遠になるまで。
 だけど。
「美雪? どうしたの」
「う、ううん。今年はフォンダンショコラだから出来がある意味楽しみだなあって」
「むーっ! それってどういう意味かなあ?」
「ちょ、ちょっと、つるこ、背中痛いってば、あははは!」
「可愛くないこと言う美雪にお仕置きだー!」
 こつんこつん、と軽く拳で頭を叩きながら背中に思い切り体重を掛けてくるつるこに、私は半ばやけくそでけたけた笑って体を捩ってみせる。その反応に気を良くしたつるこがますます面白がって体重を掛けてくるから、空笑いする私の心は嫌な音を立てて限界を迎えそうになる。

 あーあ……今年も憂鬱なバレンタインがやって来る。





「じゃあまた明日! よろしくね、美雪」
「はいはい、チョコレート買い忘れないでね」
「りょうかーい!」
 サーモンピンクのマフラーを揺らしながら走り去って行く友人の背中を苦い気持ちで見送る。作るチョコレートも決まったし、取りあえず今週は終わったことでようやく気を落ち着けられる。友達なのに一緒にいると息が詰まるだなんて、彼女のことが嫌いみたいだ。そんなことない、むしろ私は。ううん、もう考えるのは止めたんだから、考えないでバレンタインデーも無感情に乗り切ればいい。つるこが受け入れられようと振られようと、私のこの気持ちが消える訳じゃないから。
 人気の無い廊下をまっすぐ歩いて行くと、西日に照らされている図書室へ向かう。ああ、この静けさ、すごく落ち着く。普段はつることずっと一緒だから、一人でしかもこんなに静かなところにいると何の悩みにも囚われていない気分になって安心する。出席番号順で適当に図書委員に割り振ってくれた担任に感謝だ。
「あ、こんにちは、西野さん、早いね」
 カウンター席でちょこんと腰掛けている小柄なクラスメイトを見つけると、彼女の小さな肩がぴくりと動いて、つぶらな瞳がおずおずと私を見上げてくる。まるでハムスターにでも見上げられてるかのような、不思議な感覚にいつもくすぐったくなる。でも、嫌な感じはしない。
「こん、にちは」
「仕事、何かある?」
「んと、返却されてない本のリストアップがまだ」
「分かった。じゃあ私、それやるね」
「う、うん、よろしくね」
 蚊の鳴くような返事に笑って返すと、早速カウンター下の棚から貸し出しカードを取り出した。返却されてない本や返却してない生徒は大体同じだから、リストアップは大した労力を使わない。いつも一緒の当番のクラスメイトも物静かな子だから変に気を遣わず過ごせて、本当に心地がいいところだ。
 リラックスする私の隣で、西野さんは今日も小さな手で破れた本の修繕をしている。耳の真ん中くらいで切られたショートカットに、大きな黒目をじっと本に向けている姿はとても和む。いつも大人しい女の子グループの中にひっそり佇む彼女だけど、こうして単体で見ると女の私から見ても十分に可愛いと思う。
「……ですね」
「え」
 カードを捲る手を止めて、微かな声がした方向、隣の西野さんに顔を向けると、黄ばんだ本のページを捲る細い指が動揺したように震える。
「西野さん、今何か言った?」
「あ、あの、バレンタイン……ですねって」
「あ、ああ……そうだね、そういえば」
 ああ、びっくりした。普段全然話さないから、聞き間違えたのかと思った。
 私も驚いたけど、彼女自身も慣れないのか俯いたままもじもじしている。
「え、えっと、西野さん、チョコ作ったりするの?」
「う、うん。友達にあげるチョコレート……毎年交換してるから……えっと、野村さん、は?」
「私……は、つるこ、あ、秋山さんとチョコ作ることになってんだ。秋山さん、本命いるから、渡すんだってはり切っててさ」

『先輩が、好きなの』

 つるこの嬉しそうな声が蘇って来て、思わず眉をしかめそうになってしまった。だめ、思い出すな、今はつること一緒じゃないんだから、こんな想いする必要なんてない。分かってるじゃん、私の気持ちはどうあがいても「オカシイ」んだから。
 ぱしぱし、と頬を叩くと、西野さんがたじろぐ気配がした。
「あの、野村さん、大丈夫?」
「ごめん、秋山さん、料理下手だから大変だなあって思ってただけ。まったく、本命いる人は羨ましいよねー、私なんか本命いないからバレンタインなんて友達との交流イベントぐらいにしか思えないっていうか」
「……わ、私は」
「ん?」
「私は、本命、います」
 唐突な告白にきょとんとすると、西野さんは亀のように小さな首を窄めてしまった。
 西日が強いから、なんて言い訳できないくらいその頬は真っ赤で、剥き出しの白いうなじとのコントラストがすごく綺麗だと思ってしまった。
「へえ、西野さん、好きな人いるんだ、じゃあチョコレート」
「でも、打ち明けられないから、チョコとかは無理、で。だ、だけど」
 彼女は僅かに顔を上げて、少し潤んだ瞳をひたむきに私に向けた。
「私、人見知り激しいし、積極的にお話とか、出来る方じゃないけど、その人と少しでも会話できるだけで、すごく嬉しくて。チョコレートみたいに甘い気持ちで、満たされる、から」
 甘い気持ち。それを素直に感じることができる彼女が羨ましくてねたましいような、どこかその気持ちに同調したいような複雑な思いに、胸焼けがしそうだった。
「いいの? それで。もったいなくない? そんなに、好きなのに」
 そんなごちゃ混ぜの気持ちで目を伏せて何とか吐き出した言葉は、少し嫌みっぽくて自己嫌悪しそうになる。何言ってるの、私、つるこの時みたいに「頑張れ」って言ってあげればいいのに。
「う、打ち明けるなんて、できないです。その人は絶対私の気持ちを受け入れないって、分かってるから」
 その切ない響きは、どろどろとした気持ちを優しく撫でてくれた気がした。
 そっと視線を上げると、西野さんは震えながらも切なそうに笑っていて。
 今の彼女は、もう一人の私だった。
「あ、え、えっと、ごめんなさい、私、変なこと言って」
「う、ううん。何かね……ちょっと分かるかも、なんて」
「え?」
「実は、私も西野さんと似たような気持ち、あるんだ。誰にとかは、言えないけど」
 西野さんが驚いたように目を丸くする。その顔もまた可愛らしくて、思わず笑みがこぼれた。
「バレンタインデーなのに、お互い苦労してるね」
「野村さん……」
「言ったら幻滅されるって分かってるからさ、一生言える訳、ないんだけどさ。何か切なくなっちゃうよね」
 決して本人には言えないこと。
 でも、西野さんに間接的に打ち明けたことで、少しだけ救われたような気がした。やっぱり思うより口に出す方が、ずっと楽なこともあるんだね。
「ご、ごめんなさい、野村さん、私、変なこと言って」
「ううん。何だかすっきりしちゃった。それに狼狽えてる可愛い西野さんが見れたからいいや」
「え!?」
 口をぱくぱくさせる彼女はやっぱり愛らしくて、私はまたくすくす笑い出した。何だか、バレンタインデーの憂鬱が少しだけ晴れた気がする。







 二月十四日。

「ごめん。オレ、お前の同じクラスの」

 その台詞につるこだけでなく、私もあんぐりと口を開けて固まってしまった。
 何とかものになったチョコレートは受け取り主を失い、つるこの足下に落ちている。私は何度もそれに目を向けたけれど、泣きじゃくる友人がそれを拾うことを許してくれなかった。
 その時、私はつるこに何て声を掛けてあげてたんだろう。実はよく覚えていない。ただ、つるこが思いを寄せていた茶髪の先輩と、泣いてるつるこから飛び出た言葉が頭を駆け巡るばかり。

『オレは西野が好きなんだ。だから君とは付き合えない』
『何で西野さんなの?! あんなネクラな子のどこがいいの?! あの子より私の方がずっと先輩のこと』

 私の心をかき乱して来たつるこのバニラの匂いも温もりもその声も、今日は何一つ心に響かなくて、ただ西日に照らされて笑う西野さんの顔が懐かしく思えた。

 気がつくと、私はつるこに押し付けられたらしい潰れたチョコレートの箱を抱えて帰り支度をしていた。つるこはどうしたんだっけ、泣き止んで別の友人とどこかに行ったような、でもよく覚えていない。
 西野さんの姿も見えない。帰ったんだろうか。あの先輩に、告白とかされたのかな、私が関係する事じゃないって分かってるけど……。
 何だろう、この気持ち。驚きすぎてぽっかり穴が空いてしまったような、そんな気分。私が振られた訳じゃないのに、何か空しい。
 憂鬱で仕方なかったバレンタインデー。憂鬱というか、空しいバレンタインデーになっちゃったなあ。
 そんなことを考えながら下駄箱を開けた私は、目を見張った。白い箱に赤いリボン。微かに、甘い匂いが鼻を掠める。
 何これ。バレンタインの、チョコレート? 
 そっと箱を取り出すと表面にメッセージカードが張り付いていた。
 野村美雪さんへ。
 小さなまるっこい文字は、私にある記憶を呼び起こさせる。
「西野、さん?」
「あ」
 かた、と音が聞こえて振り返ると、まさに思い浮かべていた小柄な少女が怯えるような眼差しを私に向けて立っていた。あの時みたいに頬を真っ赤にして、頼りなさそうに肩を震わせている。
「西野さんの、だよね。この字、委員の時に何度か見たから」
「……は、い」
 小さな肯定。でも彼女は自信なさそうに俯いてしまう。
「ごめんなさい……本当は置いて帰るつもりで、でも、どうしても受け取ってもらえるか、心配で」
「……」
「っ、お、お話しできるだけで嬉しいって言ったのに、あの後すごく気持ちが高まって、気がついたらチョコレートを……私と同じように恋をしてるって聞いてたら、どうしても渡したくなったの……ご、ごめんなさい」
「どうして謝るの。謝るようなこと、西野さんはしてないでしょ」
 咄嗟に出た言葉に、私自身も驚いていた。でも、本当に思った事だから。嫌な気持ちはしない、ただ彼女の勇気に純粋に私は感心したんだ。
「ごめんなさい、ごめんなさい」
 本格的に泣き始めてしまった彼女の元に駆け寄ると、私は鞄の中を探って緑色の箱を取り出した。渡せなかった、本命に近い友チョコ。今年も切ない気持ちのまま軽い感じで渡すつもりだったけど。
「これ、貰ってくれる?」
「え? で、でもこれ、は」
「友チョコ。取りあえず、私の気持ち。今の西野さんの気持ちに対する、私の気持ち」
 しっかりその小さな手に握らせると、私は精一杯微笑んだ。
「今日は色々あってさ。まだ、私の気持ちうまく整理ついてないから、ちゃんとしたお返事できないけど。でも、少なくても嫌だなんて思わない。お友達から始めたいなあって思うから」
「野村、さん」
「ありがとう、西野さん」
 白い箱を胸に抱いて彼女の顔を覗き込むと、涙に濡れた瞳がふわりと笑うのが見えた。
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