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いのちはうみからうまれる

 白い波のカーテンが、少女の剥き出しの裸足を柔らかく包み込む。す、とたちまち引いていくそれを追いかけようとすると、「だめだよ」と幼い声が止めた。
「その先に、行ったら戻って来れないよ」
「……うん」
 長い三つ編みが海風に揺れて、セーラー服の青い襟元から覗く項が露になった。あまりにも細く、触れたら折れてしまいそうな白。いっそ、折れてしまえばいいのに、と少女は自分の首筋を軽く撫でる。
「できっこないよ、あなたには」
 再び幼い声が囁く。分かってる、と少女の白い唇から紡がれた言葉は、大きく轟いた波音に掻き消されていった。

 その腹部に自分とは違う温かな生き物が宿っている。
 そう知った瞬間、少女は薄っぺらい学生鞄を抱きしめ、電車に飛び乗っていた。頭の中にはただ一つ、潮騒の中で屈託なく笑う少年のほっそりとした姿が滲む。
『不器用だなあ』 
 少女をからかいつつも、優しく撫でてくれる彼は海が好きだった。
 学校でその姿を見なくても、ここに来れば必ずあの笑顔に会えた。
 だから、少女は自然とここへ足を運んでしまった。
 けれど。
「会えないよ、もういないもの」
 分かっていた。彼の遺影を少女は確かにこの目で見ていた。彼が大好きだった海に身を投げたのだと、彼の母親が少女の腕の中で泣きじゃくりながら伝えたことも、確かにこの耳で聞いていたのだ。
 彼は海と一緒になった。その形は空気となって溶けた。
 もうその欠片は残っていない。そのはずなのに、彼は少女の中に『生命』を残していたのだった。
「死ぬつもりでいたのなら、一緒に連れて行って欲しかった」
「だめ」
「私の望みは君と同じだったのに」
「だめ」
「どうして、一人でいっちゃったの」
「だめ」
 ひたすらに少女を押しとどめる声は、この世に彼女を止めるたった一つの足かせであり、彼女が大好きだった彼そのものだった。
「……大丈夫、だよ」
「……」
「あなたが生きて、いつかあの人の元へ溶けていくまで、わたしが傍にいてあげる」
 す、と少女はセーラー服の下の『生命』に指を滑らせる。すると、再度声が「大丈夫」と囁いた。
「ひとりぼっちじゃない。ううん、ひとりぼっちなんかにさせない。わたしが、一緒にいるよーーおかあさん」
「……うん」
 少女が瞳から落とした感情の欠片は、彼を飲み込んだ海の奥へと静かに消えていった。
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