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ばけもののかみさま


 ころも森の奥にある祠にアイスをお供えすると、お化けに会えるらしい。
 梅雨が明けた途端蒸し暑くなった聡のクラスでは、そんなうわさ話が広がっていた。
「オレの兄ちゃんの友達が見たって」
「何か真っ白でもやもや〜ってしてるらしいよ」
「あそこ不気味だよな、いかにも出そうだし」
「なあなあ、今度オレらも行って確かめてみようぜ!」

「あ、聡は泣き虫で恐がりだから無理だよな」

 聡の顔を覗き込み、クラスで一番体の大きい剛がにやにやと挑発的な笑みを浮かべる。既にうわさ話を聞いた時点で聡の中の「弱虫」は悲鳴を上げて涙を零していたのだが、体格の違い以外は、成績も運動もほぼ同じくらいできるライバルでありいつも何かと突っかかってくる剛に馬鹿にされては聡も黙ってはいられない。
「む、無理じゃない!」
「はいはい、強がんなって」
「本当だ!」
「ふーん、そんなに言うならお前一人で行ってこいよ。ま、できるわけねえけど」
「できる!」
 
 あの時何故意地を張ってしまったんだろう。
 がくがく震える足、かさかさ揺れる聡の右手にあるビニール袋、ぶるぶる振動する目尻の涙。正直、祠どころか、森に入れただけでも聡的には御の字だと言える。聡が大嫌いな肝試し大会だって、奥の祠まで行ったことなどないというのに。
 森の闇は小さな聡をぱっくりと頭から噛み付いてやろうと口を開けて待っている。
「こわ、い……」
 思わずそんな弱音が零れても、返事をするのは不気味なフクロウの声と風の音だけだ。
 やっぱり無理だ。聡は母親の目を盗んで家から持ってきた棒アイスの入ったビニール袋を抱きしめて思う。これ以上先に進んだら、お化けに会うどころか、家に戻れないような気がして、進みたくない。
 と。
「きみ、ここで何してるの?」
「!! わあ!」
 柔らかな子どもの声がいきなり真後ろから聞こえてきて、聡は尻餅をついた。
「大丈夫?」
 そう言って目の前にしゃがみ込んだのは、白い長髪を靡かせた着物姿の子どもだった。ちょうど現われた月明かりに照らされ、子どもの瞳の琥珀色が聡を慰めるように煌めき、着物の袖で半分以上隠れた手のひらが差し出される。
「あ、き、みは、だれ……?」
 上擦った声で子どもの手のひらを取ると、その冷たさに聡は身を震わせた。けれど、子どもの瞳はどこか親しみを感じてさほど恐怖を感じることはなかった。
 子どもは聡の問いかけににっこりし、
「ほこらに、用事があるんでしょ? 僕が案内してあげる」
「えっ」
「と、言っても、すぐそこにあるんだけどね。ほら」
 子どもが聡の手を離し、背後の茂みをがさごそと揺らすと、そこには薄っぺらく古ぼけた板で造られた、何とも簡素なミニチュア祠がちんまりとあった。
「何、これ」
「ほこらだよ。本当のほこらはこれなんだ。みんな、間違ったほこらにばかりお供えするものだから、いつもがっかりしてたんだ」
 子どもが切なげに微笑む。
「ねえ、ここには何が住んでいるか、君は知ってる?」
「え? ……おばけ?」
「うーん、半分正解。でもね、半分は違う。半分は神様なんだ」
「かみ、さま?」
「そう。おばけという存在でありながら、時には人間に救いを求められ、手助けしてきた神様。昔はね、これでも結構大事にされてきたんだけど……今じゃこの有様でね。それどころか疫病神がいるんじゃないかって言い出した人もいて、勝手に奥にほこらを造っちゃって。お陰でお供え物は全部そっち行きさ」
 迷惑な話だよね、と子どもは不満げに唇を尖らせる。
「だから、君だけでも覚えていて欲しい。ここに小さなほこらがあって、おばけみたいな神様が住んでいたこと。それだけで幸せなんだ」
「おばけみたいな神様……が」
「うん。そうしてくれたら、君にもすこぉしだけいいことをしてあげられる、かも」
 かさり、と自分で揺らしてようやくビニール袋の存在に気づいた聡は、おずおずとその小さなほこらの前にそれを供えた。
「それはなあに?」
「アイス……おそなえしたら、おばけがでてくるんだってうわさがあって……」
「おばけだなんてひどいなあ。神様でもあるのに」
「……でも、君、怖くないね。半分おばけなのに」
「そうかな? それは今この姿だからだと思うよ。本当はねーー」
 と、唐突に辺りが暗くなり、聡はびっくりして周囲を見回した。
 風音が強くなり、フクロウが慌てて飛び去る音も続いた。そして。
 聡は目の前の子どもの変化に気づき、固まった。
 聡の顔程もある巨大な獣の手、鋭い爪、尖った鼻、ぎんぎらと鋭く光る金色の瞳。にたあ、と笑うその顔は、女性の形をした化け物であった。
「わあああああああっ!」
 一目散に聡は駆け出した。どこへ走るかなんて考える余裕などなく、ただひたすらに走った。

「……折角お供えをしてもらったが、所詮化け物と人は分かり合えぬ。必然ではなく、偶然、百年に一度くらい出会うのがちょうどいいのじゃ。悪いのう、少年。それがお互いのためじゃ」
 どこか寂しげな少女の声と共に、しゃくり、と氷が溶ける音が夜の闇に響いた。

 聡の話は、剛を初めとする仲間に信じられることはなく、結局馬鹿にされて終わったのだが。
 その年の肝試し大会は何故か台風並みの土砂降りのせいで中止となって、剛が悔しがる横で聡がほっとすることになったのは、また別の話だ。
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