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まりあ様に恋をして

※軽微ですが女性同士の恋愛要素を含みます。

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人魚と男


 それは今よりももっと深く、海の青が澄んでいた頃のお話。

 海の深い深いところでは、下半身が魚の尾ひれで覆われた人々が住んでいた。彼らは陸の上で生活する生き物を「人間」と称し、自らを「人魚」と呼んでそれぞれの世界の均衡を保つ為に、決して「人間」の住む陸には上がらないように暮らしていた。
 それでも時折、好奇心おう盛な「人魚」はそんな暗黙のルールを破り、陸の世界を求めて海の明るい場所へ向かって行ってしまうのだ。「あめ」と呼ばれた少女の人魚も、その一人だった。
 あめは幼い頃から自分たちが暮らす暗い深海よりも、その深海の上に降り注ぐ柔らかな光の世界に興味津々だった。大人たちに明るい場所はどんな世界が広がっているのかと尋ねたこともある。しかし、大人たちはあめの問いに答えることなく、ただ難しい顔をして「あの場所には行ってはいけないよ」と窘めるのだった。
「どうして行ってはいけないの?」
「人魚である我々とは違う世界だからだよ。そこには『人間』という世にも恐ろしい生き物が蔓延っていて、我々を見つけたら食ってしまうんだ」
「食べられちゃうの?」
「そうだ。現にあそこへ行って戻って来た人魚は数少ない。戻って来なかった奴らはみんな食われちまったのさ」
 だから、行ってはいけないよ。行ったら食べられてしまうよ。
 繰り返しそう教えられても、あめはきらきらと輝く上が気になって仕方ない。大人たちの言うような怖い世界が広がっているようにはちっとも見えなかった。
 大人は上へ行った人魚がみんな戻って来なかった、と言った訳ではない。つまりそれは、戻って来る方法がないわけではないということだ。
 ちょっと、ほんのちょっとだけでいいから。
 そんな気持ちであめは、大人の目を盗んである日ついに輝く海の表面にたどり着いてしまった。
 ぱしゃん、と柔らかな水音と共に表面を突き抜けたあめはとても驚いた。
 水の感覚がないのに、まだあんなところに上がある。
 真っ青に染められたその空は広く、そこにぽかりと浮かんだまあるい輝きがあめをぎょろりと見下ろしているのが見えて、彼女は思わず後ずさりした。
 怖い。
 でも、綺麗。
 二つの感情が入り交じり、彼女の小さな体をますます高揚させていく。
 そんな時だった。
「ねえ」
「!」
 突然背後から呼びかけられたあめはその長い白髪をびくん、と揺らして硬直した。
「君は誰だい?」
「……私のこと?」
「うん。だって、君と僕以外、ここには誰もいないじゃないか」
 穏やかな声音に飛び上がっていた心臓の音が次第に落ち着き始める。それでもあめは注意深くゆっくりと振り返り、声の主の顔をーー見上げた。
「あ」
 あめを見下ろすように立っていたのは、白い衣に身を包んだあめよりいくつか年上の青年だった。衣にはきらきらと輝く金色の装飾が施されており、まるでおとぎ話に出てくるような所謂「王子」らしい見た目をしていると、あめは感じた。
「ようやく振り向いてくれた」
 彼は柔らかく微笑んであめの目線に合わせるようにしゃがみ込む。よく見れば、彼の足下に広がるのは海ではなく、水の気配が感じられない岩と海藻に似たものが生えたーー所謂陸地と呼ばれる場所であった。
「綺麗な顔だ。まるで人形みたいだ」
「……貴方は、『人間』?」
「人間以外に見えるかい?」
 くすくす、と柔らかな笑い声を立てた彼ーー生まれてはじめて見た人間を、あめはじわりと浮かぶ高揚感と共にぼんやりと見つめるばかりだった。


「人魚、ね。子どもの頃聞いたことがあるよ、魚の尾ひれを持つ半分人間のような妖怪がいるんだって。食べたら不老不死になるとか」
「えっ、や、やっぱり人間は人魚を食べるの?!」
 思わず青ざめて陸地から海へ戻ろうとするあめに、青年ーー陽(よう)は笑いながら首を振った。
「常人なら、下半身以外全く同じの君を食べようとは思わないよ。あくまで伝承であって、実際に食べた人間がいるかは定かじゃないから」
「そう、なの?」
「そうだよ。少なくとも僕は君を食べない。だから安心して」
 陽の言葉にあめはほっと安堵しながら頷く。
 あれからあめと陽は度々出会いの場所である海と陸地の境目で会い、穏やかな水面を見つめながら語り合う日々を重ねていた。あめの下半身には尾ひれがあって、陽の下半身には陸地で生活するための足がある。そんな違いがあることを次第に忘れて行くほど、二人は夢中になって話し続けた。
「この平穏がいつまでも続けばいいのにな」
「なあに、突然」
「……あめ、海の世界って平和なのかい?」
「まあ、平和と言えば平和かしら。サメの出入りするところや、貴方たちみたいな未知の生き物に遭遇しないようにしていれば特に何も起こらない、そんな世界よ」
「そう。いいな」
「そうかしら。ここよりずっと暗いし、退屈な場所よ?」
「そんなことないさ。きっと君が思う以上に平和な世界なんだよ」
「何も起こらない退屈な場所なのに?」
「何も起こらないことが大切なのさ。何も起こらなければ。争いも何もないなら、そこは平和だと思う」
 そう語る陽の横顔は時折寂しそうに歪められることがあった。その度に陽はいつも身につけているあの白い衣ーー軍服に包まれた胸元をぎゅっときつく握るのだ。
「陽……貴方をそんなにも落ち込ませているのは何なの? 話せば楽になるんじゃないかしら」
「ありがとう、あめ。でも、君といる時は辛いことを話していたくない。もっと楽しくて不思議なことばかりでありたいんだ。その方がずっといい」
「……」
「ごめんね。でも、君とこうして話すことができて、僕は救われたんだ。それだけはどうか忘れないでおいてくれると、嬉しいな」
 陽の言葉に、あめはただ静かに頷くことしかできなかった。

 ある日、陽は突然来なくなってしまった。
 その前の日に「またね」と笑顔で別れたのに、いつまで待っても彼が姿を見せることはなかった。
 陽に何かあったのだろうか。確かめたい気持ちはあったが、あめの下半身は尾ひれだ、人間の陽の住む陸地へはこれ以上上がっていけない。
 ここで彼を待つか。それともーー。
「……」
 あめは一つの決意を抱き、海の世界へ戻った。
 目的はただ一つ、海の世界にたった一人だけ存在するという「魔女」に会うために。

「人間になりたいって、アンタ正気かね」
「たった一時でもいいんです。なる方法はないでしょうか」
 他の人魚たちが寄り付かない、サメの出入り口の奥にひっそりと住む老婆はあめが噂で聞いた通り自分を「魔女」だと名乗った。それが本当か否かは関係なかった、ただ陽に一目会いに行く術があれば、不確かな存在に頼ってでも成し遂げたかったのだ。
 魔女は真剣なあめの様子を困ったように見つめていたが、やがて「方法がないわけじゃない」と零した。
「ただ、人間になるための薬を作るには時間がかかる。お前さんにも手伝ってもらうことになるが、それでも構わないかえ?」
「……はいっ! 人間になれるのなら、私、頑張ります!」
 ひたむきに頷くあめに、魔女はうっすらと同情の眼差しを向けながら小さくため息を吐いた。
「哀れな人魚もいたもんだね」

 魔女が告げたように、薬作りには時間がかかった。それも一日二日や一ヶ月二ヶ月というレベルではない。それでもあめはひたすら魔女の元で彼女の指示に従って薬作りの材料集めや、熟成のために海の世界を泳ぎ回った。その間、何度も魔女は「本気かい」「もうここまでにしておいた方がいいんじゃないか」とあめに声をかけたが、彼女の決意は揺らがなかった。
 その間、陽との逢瀬の場所へも欠かさず出向いたが、やはり彼は現れなかった。彼に会えない時間が増えれば増える程、あめは「どうしても一目会いたい」という気持ちを抑えることができず、薬作りに没頭していった。
 そして、薬作りは魔女の一声である日、突然終わりを迎えたのだった。

「どれほど人間になっていられるかは保証できん。薬が切れた後の命の保証もね。それでもやるかい?」
 出来上がったばかりの小皿一杯分の「薬」を前に、魔女は最後の確認をしてきた。
 あめはそれにためらうこともなく頷き、魔女から薬を受け取ると、彼女に深々と礼をした。
「ありがとうございました。私、貴方のことは忘れません」
「……ああ、私もお前のことは忘れないだろうよ。さらばだ、あめ」
 魔女の瞳に浮かんでいた親愛の情にあめは精一杯の微笑みを残し、海の世界を後にした。

 相変わらず陽は逢瀬の場所に現れないままだった。しかし、今のあめには魔女からもらった薬がある。
 飲む直前でほんの少し浮かんだ躊躇いにあめはくすりと笑う。
 だが、今更引き返す道は選ばない。

 尾ひれから人間の足へと変化した直後は、とにかく立つのも精一杯で苦労した。
 それでもあめは歯を食いしばって慣れない足を動かして、陽がいつも背を向けて去って行った方向へ進んで行く。どれほどの時間人間でいられるかは分からない。薬が切れた後の自分も、どうなるかは分からない。しかし、この先に陽はいつも帰って行った。それだけは確かだ。
 と、あめの耳に地面を踏みしめる音が聞こえた。
 はっとして前を向いた途端、バランスを崩してあめはその場に倒れ込んでしまう。
「! 大丈夫?」
 かさかさと音を立てながら倒れたあめの前に現れたのは、あめと同い年くらいの人間の女だった。あめと同じく長い髪を腰まで伸ばし、薄汚くはあったものの鮮やかな赤と白の衣を纏っていた。
「まあ、何故貴方、裸なの? 一体何があったの」
 女は慌てて纏っていた衣の一枚を剥いで、あめの体をすっぽりと覆った。その際に彼女の懐に入っていたと思われる紙切れが数枚、ひらりと音を立てて足下に散らばった。あ、と女が声を漏らすのも構わず、あめは目をむいてそれを拾い上げた。
「……陽」
「え」
 白黒に染まった陽と女が仲良く寄り添ってこちらに笑顔を向けていた。陽はあめの記憶とほぼ同じなのに対して、紙切れに映る女は目の前のものよりもほんの少し若く瑞々しい様子に見えた。
「貴方、私の旦那を知ってるの?」
「だん、な?」
 つたなく女の言葉を繰り返すあめに、女は悲しげに顔を歪めながらそっと呟いた。
「そうよ、彼は私の夫。もう、この世にはいないけれどね」
「いない、って……」
「戦死したの。ここより遠い海で」

 女に支えてもらいながらあめは陽と出逢った陸地と海の境目まで再びやってきた。
 たどり着くと、女は手に提げていた菊の花をそっとその場に置いて手を合わせた。あめも、その動作が何を意味するのか分からないながらも、それに倣ってみた。
「あの人はね、戦争に行けるような度胸も根性もない人だった、ただ何も起こらず、平和でいられたらいいって言うような、そんな人だったの」
「……そう」
「きっと死んだ時も、誰一人殺めることができずにすぐに亡くなったんだと思うわ。手紙、一度も来なかったもの」
 来たのは戦死した、という知らせだけ、と彼女が苦く微笑む。
「海の底は争いも無い、平和な世界だ。生まれ変わったら僕は人魚になりたいと言っていたわ。ほんと、ふざけたことばかり言う人だったけど……優しい人だった。そんな彼に私は妻として何もできなかったから、だからせめて祈ろうと思ったの。彼が穏やかな海の世界で人魚に生まれ変われますようにって」
「人魚に」
「そう。人魚なんて存在するのか私には分からないけど、彼はいるんだって言い張ってたのよ。ほんと、変な人でしょう」
 くすくすと笑いながらも、彼女の瞳にはうっすらと涙が浮かんでいた。
「ほんと、ばかなひと」

 徐々に体の力が抜けて行く。多分、そんなに長くないんだろうな、とあめはぼんやり思った。
 置かれていった菊の花を見つめながら、あめはもしも、の話を思い浮かべる。
 もしも、本当に彼が人魚に生まれ変わることができて。
 もしも、薬が切れた自分が何事もなかったかのように人魚に戻れたとして。
 そしたら海の世界を思う存分案内して、そしていつかまた、ここで話をしたい。
 そんな、もしもの話だ。

珈琲男子

また日が空いてしまった…そろそろまともな週一に戻れるはず……!

「あ、俺、珈琲で」
 メニューを片手にさも当たり前のように手を挙げて、俺たちの席を通り過ぎようとしたウエイトレスさんにそう注文する。それに一瞬唖然としながらも、俺も急いで「じゃあ俺はメロンソーダで」とアツシに続いた。かしこまりました、と事務的に頷いて厨房に向かう栗色のポニーテールを横目に、俺は目の前でドヤ顔をしている友人に尋ねた。
「アツシって珈琲飲めたっけ?」
「当たり前だろ、もうガキじゃねえんだ、ジュースなんか頼まねえだろ」
「俺はメロンソーダの方が好きだけどな」
「オコサマだな、スグルは。だから後輩にもフラれんだよ」
 先日負った傷を軽く抉られ、思わずこめかみに皺が寄る。
「誰とも付き合ったことのないアツシに言われたくない」
「別にいーだろ。高校生になりゃ彼女の一人や二人できるだろ、多分」
「そりゃ随分間抜けな楽観的思考だな。一年後に彼女なんて都市伝説って喚くアツシの姿が見える」
「減らず口め、珈琲も飲めないくせに」
「珈琲は飲めなくても生きていけるからな」
 互いに互いの傷に軽く拳を押し当てると、どちらかともなく笑った。
 恋愛経験の浅いアツシと、珈琲が未だに飲めない俺。小学校の頃からの付き合いでこんな風に応対できるのはアツシだけだ。できるなら、この先もずっとこうであって欲しいと密かに願っているが、どうだろう。高校はそれぞれ違うところを受験する予定で、目指す着地点も違う。新しい環境で互いよりも気の合う仲間ができれば、自然とそちらとの関係を充実させるために動いて行くだろう。
「ん? どうした、スグル。変な顔して」
 笑い顔を収めてアツシがきょとんと首を傾げる。
 いずれ離れてく未来など想像もしてません、って顔のアツシに、俺は浮かんだ苦い気持ちを押し込みながら無理矢理笑った。
「いや、別に」
「何だよ、そんなにあの後輩にフラれたことがきつかったのか?」
「いや、もうそれは仕方ないことだって諦めたから。彼氏がいるんじゃ、どうにもできないし」
「そこで諦めんなよ、むしろ奪い取るくらいの熱意を持って当たっとけよ」
「恋愛経験のないアツシに言われても説得力ないなあ」
「なにぃ」
 と、再び明るい空気を醸し出した俺たちの間に入り込んだポニーテールのウエイトレスが事務的に「お待たせしました」とアツシの前に香ばしい香りを放つ白い珈琲カップを置き、俺の前には細長いグラスに入ったメロンソーダを置いた。
「やーい、お子様」
「別にいいよ。メロンソーダ好きだし」
 アツシの軽口を躱しつつ、透明なストローでメロンソーダを味わう。しゅわしゅわと口の中ではじける炭酸といかにも作り物のメロンの味がたまらない。それにどこか懐かしい味がする。アツシ以外の小学校の頃の友達と遊んだこととか、初恋の子のこととか、そういうのが炭酸と一緒にぽんぽん現れる。そういう懐かしさを与えてくれるから、子供の頃と同じく、メロンソーダが好きなのだ。
 一方、アツシに目を向けると、あれほど注文時にドヤ顔をしていた奴とは思えないくらい渋い顔でカップに口をつけている。ぎゅっと寄せられた太い眉が、珈琲の独特の苦みに耐えるように震えている。
「なあ、お前、ほんとは珈琲嫌いだろ」
 飲めると言っていただけで、別に好きとは言ってなかったし。
 アツシはそんな俺の言葉に下がり気味だった眉をぎゅっと上げて、こくん、と喉を鳴らした。
「お子様のお前には分からないだろうがな、この苦みがいいんだ」
 若干語尾は震えているが、その吐息から香る珈琲の独特の香りと必死に大人びようとする態度が少しだけ眩しく感じられて、俺は思わず苦く笑った。
「そっか。すげえな、アツシは」
「だろ?」
「けどさ、砂糖は入れた方が美味いと思うぜ」
 さり気なく横にあった小降りのシュガーポッドを奴の前に置くと、一瞬難しい顔をしたものの、すぐに照れくさそうに笑った。
「そんな急いで大人にならなくてもいいだろ」
 

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