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夏のお嬢さん

復活が遅れまして大変すみませんでした。
今日からまた週一でマイペースに綴っていきますのでのんびりとお付き合い頂ければ幸いです。


夏のお嬢さん


 俺の気になる女の子は、いつも夏の青空を見上げて微笑んでいる。
 何がそんなに楽しいのか、彼女と同じ視線を辿って空を見上げてみたけれど、大抵雲一つない晴天が広がっているだけだった。
 一体彼女は何に笑っているんだろう。そう考えを巡らせている内に俺は、朝のいつもの普通電車でしか見かけることのできない彼女が気になって行った。

 そして、今日もまた。
「……あ」
 いつもの俺の指定席は大いびきをかいて寝ている脂汗の浮いたサラリーマンに占領されていた。ここからであれば対角線の先にいる扉の前の彼女を見るのにちょうどいいのに。しかも最悪な出来事はそれだけじゃなかった。
「わっ!」
 乗って一駅に到着しただけなのに一気に乗客がなだれ込んできた。何で、鈍行電車なのに。ふと、窓からちらりと見えた電光掲示板には流れる赤文字で「○○行 通勤快速は人身事故のため 運転を見合わせております」のアナウンスがあった。ああ、それで普段ならそれに乗っている乗客がこっちになだれ込んできたのか。だけどこのままじゃスーツと学生服に覆われて彼女の姿が見えないじゃないか!
 どうするべきかなんて悠長に考えている余裕もなく、俺はひたすら彼女目指して込み合う車内を掻き分けて行った。深く覆い茂った森を抜けるとそこには、ため息の零れるような光景がーー俺の目と鼻の先に広がっていた。一つにまとめた黒髪を緩く水色のシュシュで彩り、緩やかに円を描く胸元にさらりと流し込んでいるため、その微かに汗ばんだ白い項がむき出しだ。何と言う目の毒。
 更に更に、俺の背中は後ろに立っていたと思しき乗客に強く押されてしまい、そのまま彼女の項に一直線に飛び込む……訳にはいかない!
「よっ!」
「?」
 俺が彼女の顔の横の窓ガラスに手を付くのと、俺の声に反応した彼女が涼しげな墨色の瞳をこちらに向けたのは同時だった。いつも夏の青空を見ている彼女の、その神聖な目に俺の間抜け面が映り込んでいる。まるでよく磨かれた鏡のように、彼女の瞳は透き通っていた。
「っあ、ご、ごめんなさ、ぃ……」
 咄嗟に零れそうになった感情のままの声のボリュームを慌てて下げる俺に、彼女はきょとんとして薄墨色の睫毛を上下に揺らした後、ふわりと白桃を思わせるような瑞々しい唇を開いた。
「いえ、大丈夫です」
 初めて聞いた彼女の声は想像していたものよりも低かったけれど、俺の心を揺さぶるにはちょうどいい音だった。ずっと見ていただけの彼女と、こんな風に接する日がくるなんて夢にも思ってなかった。だって着ている制服も違うし、自慢にもならないけど女の子経験が皆無に等しい俺が積極的に話しかけられる訳がなかったからだ。だから今も、そんな些細なやり取りですぐに俺の口は何も発せられなくなってしまった。
 再び動き出す電車。背中越しの乗客がやたら俺を圧迫してくるものだから、彼女に触れてしまいそうで怖い。既にリンゴのような甘酸っぱい匂いを鼻先は感じてしまっているのだ、これ以上の刺激はいろいろとまずかった。
「二年生?」
「へ?」
 唐突に彼女から零れ落ちた質問に、背中からの圧迫でいっぱいいっぱいだった俺は間抜けな声を出してしまう。おまけにそれで力が抜けてしまって、また彼女との距離が狭まってしまった。しかし、狼狽する俺とは逆に、彼女は墨色の瞳を柔らかく細めて話を続ける。
「うん、そうだ。二年生のエンブレムだよね、それ」
「えと……?」
「うちの弟がね、君の高校に通ってるんだ。君と同い年。だから分かったんだよ」
 弟? というか、弟と俺が同い年ということは、彼女は俺より年上だったのか。てっきり同い年とばかり思っていたのに。
「お、弟さん、て、何組ですか?」
「二年C組。それから別に敬語使わなくていいよ。私も同い年なんだから」
「え」
「弟と私は双子なの。全然似てないけどね」
 くすくすと笑い出す彼女。それは夏の青空を見ていた時と同じ表情で……って同い年? 双子? いきなり飛び出した憧れの人の個人情報に頭の中がこんがらがってきた。
「あ、の……」
「ん?」
「……偶然て、すごいです……や、すごいね」
「そうだね。でも、嫌いじゃないよ、こういう素敵な偶然は」
 彼女から飛び出した言葉に心臓が今日一番に高鳴る。
「まるで恋愛小説の一節みたいな、そんな素敵な偶然だと思わない?」
「れ、恋愛小説、ですか?」
 思わずまた敬語になってしまう俺に彼女は赤いスカーフと一緒に揺れる墨色の髪を撫でながら、うっとりと目を細めて頷く。
「そう。自然や偶然が生み出す物語。私、そういうの大好きなの」
「物語、って」
「私、文芸部だから。と言っても、今は自信喪失中で筆を折っちゃってるんだけど」
 ぺろりと桜色の舌を少しだけ出して、でもね、と彼女が白い瞼を閉じる。それがまるで俺にキスを請うような姿勢に見えて、窓ガラスに押し当てたままの手のひらがますます汗ばんだ。
「夏の青空ってどこまでも自由で、好きなだけ文字を綴っていいんだよって語りかけてくれているような気がしてね、毎日見て励まされているの。ずっと、何かしらのお話を書きたい、そう思っていたんだけど……」
 ぱち、と再び瞼を上げた彼女は俺を見上げてにっこりと微笑んだ。
「かなで」
「え」
「青野かなで。私の名前。弟は同じ名字でかなたって言うの。会ったら仲良くしてね。あまり人付き合いの上手な子じゃないけど」
「かなで、さん、ですか」
「うん。君は?」
 これは夢だろうか。今日口を初めてきいた彼女の名前まで聞けて、更に彼女の記憶に俺の名前を刻もうと言うのだ。けど、背中の圧迫感と右手の汗ばみ。うん、これは夢じゃない。
「宇宙(そら)って言います。うちゅうって書いてそら。島田宇宙、です」
「宇宙くんか。偶然の出会いにぴったりな素敵な名前だね」
 同時に彼女の背後、つまり俺が付いていた窓ガラスがいきなり開いて思わず前のめりに倒れそうになる俺に、彼女はその耳にそっと声を押し当ててきた。
「宇宙くんとの出会い、早速物語にして書いてみるから。いつか読んでね」
「え」
「ばいばい」
 気がつけば、閉じられたドアの向こうで彼女がにこにこしながらこちらに小さく手を振る姿があった。そして電車は容赦なく次の駅へ向かって加速を始める。その姿を見えなくなるまで見たかったけれど、残念ながら彼女一人分の隙間をスーツと制服があっという間に埋めてしまってそれは叶わなかった。
 だけど。
「俺との出会いを、物語……つか、同じ学校に弟……かなで、さん?」
 
 夏の青空は、俺に大盤振る舞いの特上の出会いをプレゼントしてくれた。
 彼女の物語が始まると同時に、俺の彼女への急速に高まる思慕の物語も始まる。
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