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キスの日

※女性同士の恋愛要素を含みます。

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ぼくと師匠の旅

「師匠お待ち下さい、師匠!」
 つかつかと革張りのブーツで獣道などモノともせず歩んで行く師匠の背中をぼくは必死に追いかけた。師匠とぼくの荷物で一杯のナップザックは今にも千切れそうだと言わんばかりにぎちぎちと悲鳴を上げているし、その重みを支えるぼくの背中も四十五度ほど曲がってしまっている。額から零れ落ちる汗が目に入って痛い。そんな状態で師匠に呼びかけるのはかなり辛かった。
「何だ、ピオ。男のくせにもう弱音を吐くのか」
 一つに束ねた真紅の髪をなびかせながら振り向いた師匠は、肉感のある唇を吊り上げて挑発的にぼくに笑いかけた。その体よりも大きな剣を背中にしょってても彫りの深いその顔には汗一つも見当たらない。さすが師匠、旅に慣れていることだけはある。
 だけど。
「よ、弱音じゃないです! 待ってくださぁい!」
「はっはっはっ、ピオ、お前は何も分かっていないな」
「え?」
「これも修行のうちだ」
 顔をこちらに向けつつも歩むスピードを落とさない師匠から定番の言葉が飛び出した。
「そんなあ、師匠、こんなところで迷子になったら大変ですよ~」
「お前が私を見失わん限り、その心配はない」
「師匠ぅ」
 この間にもどんどん距離を作られてしまっているし、目の前も霞んできた。
 やっぱりぼくみたいな生半可ものじゃあ、師匠のおともなんて無理だったんだよ……大人しく家で待っていれば良かった。
「も、もう、だ、だめえ……」
 ずるり、と背中の荷物がずり落ちるのを感じながら、ぼくはぺたんと座り込んだ。
「ピオ」
「む、無理ですぅ。これ以上はもう足が動きません……」
 真上から響く師匠の声に怯えつつも、体を休ませたいという欲求に押されるまま、師匠の大嫌いな弱音を吐いてしまう。こんなこと言ったら、家だったらお尻を叩かれるか、酷い時はご飯抜きになってしまうのに。でも、ダメなものはダメなんだ。
 ぼくは師匠みたいに強くないから。
 俯いたまま動かないぼくに、師匠がおもむろにしゃがみ込む気配がした。ああ、どんな罰が待っているんだろうと体を強ばらせた途端。
「仕方のない奴だ。ほら、背中に乗れ」
「え」
 顔を上げると、そこには女性とは思えないほどごつごつした逞しい背中があった。
 師匠の意図が分からずきょとんとするぼくに、焦れた師匠がむくれた様子で顔だけをこちらに向ける。
「さっさとせんか。日が暮れるだろう」
「え、で、も、師匠……これって」
「見れば分かるだろう。おんぶだ、おんぶ。……まさか、恥ずかしいとか言わないだろうな、お前」
 いや、恥ずかしいと言うよりも弱音に対しておんぶしてあげるなんて、師匠らしくなくて逆に怖いと言うか……。
 見た目だけなら師匠とぼくは親子に見える年齢差だから、多分おんぶされても特に違和感はないだろうし、ぼくも正直生まれてこのかた、おんぶや抱っこなんてされた記憶が殆どないような子供だから……。
「ピオ、さっさとしないと置いてくぞ!」
「は、はいっ!」
 もやもや考えていたら師匠から怒声が飛んできて、思わず反射神経で立ち上がる。恐る恐るその肩に手を置いて体をぴたりと逞しい背中にくっつけると、たちまちふわりと風のように体が浮いた。
「わっ」
 いつの間にかぼくのお尻に師匠のごつごつした手が回されている。ぼくの体重はともかく、背負っている荷物は相当な重さだと思うんだけど軽々とぼくごと持ち上げられるなんて、さすが師匠だ。
 師匠はにっと唇を吊り上げて、
「振り落とされるなよ」
 いつもの調子で言ったかと思うと、そのまま勢い良く走り出した。風の抵抗がすごくて目が開けられない。だけど、頬に当たる心地よさは自分で走っても得られないだろう爽快感があった。
「し、しょう……」
「ん? 何だ、ピオ」
 師匠の声は相変わらず落ち着いている。まるで歩いているかのような穏やかさだ。
「目を瞑るな、ピオ。目を開けて見ろ。お前がこれから行く世界を」
 そっと瞼に触れられる感覚があった。かさかさした表面。師匠の指先だ。
「恐れることはない。私も共にいるだろう?」
 その声に導かれるようにそっと瞼を開けると、そこは今までいた獣道じゃなかった。
「……ここ、は……」
 なだらかな斜面の向こう側に見える名前も知らない風景に思わず惚けてしまう。家があった村とは違う、もっと大きくて建物もたくさんある……町、かな。
「お前はあの村しか知らないからな。あの町は小規模なのだが、恐らくお前にとって珍しいもので溢れているだろう」
「そう、なんですか……」
「ピオ」
 師匠が優しくぼくの名前を呼ぶ。
「町についたら、修行を開始する」
「えっ」
「だから、着くまでのサービスだ。感謝しろ」
 ……あ、おんぶのこと、かな。
 再び師匠が進み始める。今度は走らずに、師匠の歩みとは思えないくらいゆっくりと。

bleak time

前作の緑川先輩と紅くん。前作未読でも多分大丈夫な仕様です。

 部室に繋がるネズミ色をしたふすまの前に立つ度に心臓が口から飛び出してきそうになる。じわりじわりと手の中に嫌な汗が浮かんでくるし、鼻息も荒くなってきた。ふすまの向こうにいる彼女と会うのは数日ぶり。いつも楽しみだったゴールデンウィークのせいで間が空いてしまって、ただでさえ普段からある緊張感が割り増しされてもう緊張の中で死ねそうだ。
 いかんいかん。貴重な昼休みが終わってしまう。緊張はするけど先輩に会いたいのは確かなのだから、さっさとない勇気を振り絞って行かなければ。ごほん、と咳払いして、勢い良くふすまを開ける。
「こっ! ……ちは……?」
 開いた先にあったのは、先輩の綺麗な黒髪が茶色っぽい畳の上に散らばる光景だった。

「……くぅ……」
 そぅっと足音を忍ばせつつ先輩の寝姿を窺う。が、いつもの大人っぽい笑みを浮かべている顔は子供っぽく弛緩していて、更に僕の心臓が高鳴った。
「ぅわ……」
 思わずそんな声が漏れてしまうくらい、見惚れてしまう。ほんと、何でこの先輩の魅力にこの学校の人間は気づかないのだ。緑川先輩はこんなに大人びていて且つ可憐な大和撫子の名が似合う女子高生なのに。その魅力に絆された僕は全く興味の「き」の字もなかったこの茶道部に入ってしまったくらいなのに。それどころかクラスの連中に話したら、
「緑川先輩ってだれ? つか、茶道部なんてうちにあったか?」
 などとのたまうものだから冗談は顔だけにしておけレベルな奴らばかりで困る。まあ、ライバルがいないのは喜ばしいことだ。この先輩を独り占めできる茶道部。なんて素晴らしい部活に入ることができたんだろう。
 あとは緊張さえなければ会話も弾むんだけど……。
「……っ」
 だめだ、寝顔の先輩にでさえも心臓がばくばくする。困った。
「……今日の抹茶よ」
「えっ?!」
「……ぐぅ」
 ……寝言、か。
 しっかりと閉じられた瞼を確認して、思わずため息を吐く。夢の中でも抹茶を立ててるのか。何だか先輩らしいな。
「……はは」
「何が可笑しいのかな、紅(くれない)くん」
「だって先輩が可愛……えっ?!」
 不意を突かれて変な声が出た。そんな僕を先輩の綺麗な黒い瞳がじぃっと見上げていた。少しだけ開かれていた唇も閉じられてにこりと笑っている。
「せ、んぱ……いつから……」
「紅くんが私の顔を覗き込んだ辺りから、かな」
 ぺろりと舌を出しながらゆっくりと起き上がる先輩。……何だか気怠そうに見えるのは気のせいかな。
「ふぅ……怠いなあ」
 先輩が髪を掻き上げながらため息を吐く。あ、ほんとに怠かったんだ。
「ど、うしたんですか? 珍しいですね」
「ゴールデンウイークの後はいつもこうなのよ。五月病って奴ね」
 先輩が欠伸をかみ殺しながらいつもの道具を手早く揃え始めた。
「あんなにたくさん休みを与えられると、その後の学校生活に支障をきたすわよね……いいような悪いような感じ」
 そう思わない? と先輩が緩く首を傾げる。
「僕は……」
「ああ、でも紅くんはまだ若いものね。そんなのへっちゃらって感じかしら」
「せ、先輩だって若いじゃないですか。二歳違いですよ」
「二歳の差は案外馬鹿にできないものよ、紅くん」
 お湯と抹茶を入れると、手早く茶筅(ちゃせん)を動かす。それだけでふわりと優しい抹茶の匂いが広がって、何故かほっとする僕がいた。
 ……心臓のどきどきも、ほんの少しだけ緩和された気がする。
「……ふわぁ……」
 先輩の口からまた欠伸が。余程眠いらしい。
「先輩、大丈夫ですか?」
「あんまり大丈夫じゃなーい……から、はい」
 とん、と立て終わった器を差し出したかと思うと、先輩はまた真横にころんと寝転んでしまった。
「おやすみー……」
「え、ちょ、ちょっと先輩?!」
「……ぐぅ」
 本当に寝てしまった。お茶だけ立てて。
 どうしよう。でもこんなに気持ち良さそうに眠っている先輩を起こすのは忍びない。
「……いただきます」
 とりあえず手を合わせて、抹茶を頂くことにした。
 先輩が寝ている前でいつも通りの作法で飲む僕って、相当おかしな図だけどしょうがない。それに、やっぱり先輩の立てたお茶は美味しい。
 ほぅ、と満ち足りたため息を吐くと、ふと半開きの黒い瞳と目が合った。
「っ!?」
 何かを期待するかのようなその輝きに、僕は一瞬頭が真っ白になったけど、すぐにお決まりの言葉を思い出した。
「け、けっこうな、お手前で……」

Cup of Green tea

「……あら、紅(くれない)くん、いらっしゃい」
 微かに茶色く色づいた畳の上にその長い足を揃え、緑川翠(みどり)先輩がアヤメの花のように上品に微笑んで僕を招き入れてくれた。彼女とこうして顔を合わせるようになってもう一ヶ月も経過すると言うのに、こうして小さな畳の部室で逢瀬を重ねる度に僕のチキンハートは酷使される。
「こ、ちは……です、先輩」
「今日も来てくれて嬉しいな。今、お茶を立てたところなの」
 どうぞ、と促されておずおずと先輩の正面に置かれた小豆色の座布団に正座する。すると先輩が悪戯っぽく目を輝かせて、
「足、崩してもいいよ。また痺れちゃったら大変だものね」
「あ……す、すんません……」
「いいのいいの。茶道部は初めてだものね?」
「はい……」
 小さくなる僕に先輩はくすくすと鈴を転がすような声で笑いながらことん、と漆黒色の器を置いた。中には綺麗に立てられたいつもの抹茶が待ち構えている。
「どうぞ。今日の初めの一杯よ」
「ど、どうも、頂きます……」
 僕が器を持ち上げて、先輩から教えてもらったように不器用な手つきでソレを回す。それを先輩が綺麗な黒曜石を思わせる瞳でじぃーっと観察するものだから、うっかり手から滑り落ちて割ってしまいそうになる。ああ、先輩、見ないで下さい。そう言いたいけれど、そんなことを言って嫌われても困る。複雑な心境を抱えたままの抹茶は、正直味がよく分からなかった。
「……け、結構な、お手前で……」
「ふふっ、お粗末様でした」
 先輩が満足そうに微笑んで、ぺこりとお辞儀する。仕草の一つ一つが綺麗だな、先輩。つい見とれてぽーっとしてしまう。あまりにもぼーっとしてしまうせいか、
「? 紅くん、どうしたの?」
「あ、す、すんません、その……」
「あ、もしかして眠くなっちゃった? もうお昼休みだものね」
「あー……まあ、そんな感じで」
「うんうん、この季節、暖かくて窓際が気持ちがいいものね」
 先輩がゆったりと頷いて不意に畳の上にその指先を向ける。
「畳の上もね、とっても寝心地がいいの。特にこの季節は最高に気持ちいいのよ」
「確かに……気持ち良さそうですね」
「でしょう? ……ふああ」
 先輩が口を大きく開けて欠伸をしたかと思うと、そのままこてん、と横たわってしまったものだからギョッとした。
「せ、先輩?!」
 戸惑う僕などおかまいなしに先輩はうっとりと目を細めて畳に頬擦りしている。
「うぅーん……やっぱり気持ちいいなあ。紅くんも寝転がってみて。とても気持ちいいよ」
「え、で、も……」
「ほらほら。顧問のセンセイもいないし、他の子もいないから大丈夫だよ」
 いや、そういう問題じゃ……いや、それも重大な問題ではあるけれど!
 ああ、でもこのままだと先輩がすやすやと眠りについてしまいそうだ。その先輩をこのまま観察し続けるのも何か……色々マズい気がした。
「え、えっと、じゃあちょっとだけ……」
「うんうん、どうぞ」
 先輩の笑顔に促されるまま、そっとその場に横たわる。
 鼻を掠めたのはい草の独特の匂い……とそれに混じる先輩の髪から漂うシャンプーのいい匂い。うう、何だこれ。何の責め苦だろうか。
 気持ち良さそうに目を細める先輩には悪いけど、色々心臓に悪いぞこの体勢。
「気持ちいいねえ」
「は、はい……」
 心にもないことを言ってしまった……ああ。
 でも先輩はそんな僕の答えに満足したようにうんうん頷いて、
「誰もいない時はこうやってお昼寝の時間にしてもいいかもね」
「え」
「紅くんと私だけの秘密だよ」
 何て甘美な香りのする言葉を言うのだろう、先輩は。
 その甘さに思わず目眩を覚えそうになるが、ここで理性を手放したら大変なことになると僕は頭を振って起き上がった。
「そ、それは困りますっ」
「え、どうして?」
 きょとんと緩く首を傾げる先輩に、僕は咄嗟に置きっぱなしになっていた空の器を手に取った。
「お茶! 僕、まだ先輩にお茶を立ててないです!」
「お茶……」
「そう、お茶です! 僕も先輩にお茶を飲んで頂きたいですっ」
 ぐ、と拳を握りしめて訴えると、先輩は目をぱちくりとさせながらゆっくりと起き上がると、やがてくす、と小さな笑い声を立てた。
「そうね。一応茶道部だものね。じゃあごちそうしてもらおうっかな」
「……はい! まだまだ先輩みたいに上手く立てられませんけど……」
「いいのよ、最初は誰でもそうだし。はい」
 そっと差し出された茶筅(ちゃせん)を受け取り、先輩のぬくもりの残るその柄を震える手で握りしめ、抹茶の粉と湯を入れた器の中をしゃかしゃかと掻き混ぜる。きっと先輩のように背筋は伸びてなくて猫背だろうし、混ぜ方もまだまだなっちゃいない。かなりかっこ悪いところを見せてる自覚はあるけれど、先輩の眼差しは優しかった。まるで小さな子供を見つめる母親のような温かさで、ぶきっちょな僕の手つきを愛でてくれている。
 だから、僕はこうして先輩の前でお茶を立てるのが好きだったりする。
「……でき、ました」
 混ぜ足りないところがあるだろう僕の立てた抹茶を先輩の前に差し出すと、先輩がにんまり笑って器を受け取った。
「頂きます」
「ど、うぞ……」
 しどろもどろな僕の言葉を受けて先輩がゆっくりと器を回すと小さな唇を器の端にくっつけてこくりと一口飲んだ。
 どきどきしながらゆっくりと口の中で抹茶を味わう先輩の言葉を待つ。
「……結構なお点前で」
 唇の端についた抹茶を指先で拭いながら、先輩がほんわりと微笑んだ。
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