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待ちウサギ

待ちウサギ


 赤点を取って追試を受けさせられて約七時間フル回転させられた脳みそは甘味を欲していた。その欲求に従い私が歩き出したのは帰り道に渡る必要のない歩道橋を渡った先にある和菓子専門店。そこの苺大福にかぶりつくため、ふらふらとのんびり歩道橋を歩いていた。
ーーその道中、そのふわふわ真っ白な苺大福みたいな図体を見つけたのだ。

「何ですか、お嬢さん」
 歩道橋の終わり、階段付近の隅にちょこんと座っている。デフォルメされている類いのものではなく、マジであのウサギ。小学校の頃学校で飼育されていたあのウサギと同じ。しかも何故か黒いスーツにシルクハットまで被ってる。あの犬猫によく服を着せている飼い主がいると思うんだけど、あんな感じ。でも着せられている感はなくて、妙に似合っていた。で、一番おかしいのは私と同じ言語を喋っているということ。何コレ。おもちゃなのかな。
「お嬢さん、そんなしかめっ面をしているとそのままの顔で固まってしまいますよ」
 小さな手をぱたぱたさせて言うウサギに思わずしゃがみ込んで近づいてみる。
 道行く人の視線が痛い程突き刺さるけど、勉強で疲弊した脳みそはニブチンになってるのかあんまり気にならなかった。むしろ、目の前の苺大福……じゃなくてウサギが気になる。
 ウサギは近寄って来た私に小さく首を傾げた。
「お嬢さん? 私(わたくし)に何か御用がおありで?」
 わたくし。わたくしって。
「ふわっ、ちょ、お嬢さん、何故私の体を弄るので?」
「これ、スイッチどこかな……」
 やっぱり鉄板はお尻かな、と思って抱き上げようとしたら、ぴょこんと跳ねてあっさり逃げられた……と言ってもまたすぐに元の位置に戻っただけだったけど。
「お嬢さん……私の意志を無視して破廉恥なことをするのは女性とは言え許しがたい行為ですよ」
 大粒のビー玉みたいな青い瞳が気持ちちょっと吊り上がった気がする。むぅ、このまま怒ってどっか行かれるのもちょっと寂しい。スイッチの在り処は気になるけど。
「ごめんごめん、喋るウサギなんて初めて出会ったもんで」
「まあ、そうでしょうね。これだけ人間さんが山ほどいらっしゃる場所で待ち合わせるのも私も初めての経験です」
「待ち合わせ?」
「ええ、待ち合わせです。この周辺に住まう友人とお茶を楽しみに行くのですよ」
 ウサギがヒゲをぴくぴくさせながら目を細める。
 ウサギのお茶会って、アリスの世界みたいなあんな感じかな。
 なるほど、それでスーツにシルクハットなのかな、なんて。
「しかし友人はドがつくほどの方向音痴でして。かれこれ一週間ほど待っているのですが、未だに来る気配がないのですよ」
「へ、一週間って……じゃあ、一週間ずっとここにいるの?」
「はい。ですがここは意外と寝心地が良くてですね、食事も時折お優しい人間の方々が提供して下さるのでこうして待ち続けていられるという訳です」
 何となくそのシーンは想像できるなあ。きっと野良猫に餌をやる感覚で貰ってたんだろうな。私も何か持ってたらあげてたかもしれない。
「そこまでして待たなくてもいいんじゃない? 一週間も待って来ないんじゃ、そのお友達も忘れてるのかもよ?」
 だけどウサギは首をぷるぷる横に振る。
「いいえ。彼は方向音痴ですが、約束を守るオスです。必ずや私との待ち合わせ場所に訪れるでしょう。私はそれを信じて待ち続けるのみです」
「律儀な性格なんだね」
「はい、それが私の性分なのです」
 どこか誇らしげに胸を張るウサギのお腹が小さくくぅぅと鳴る。
 その途端、ぴん、と伸ばされていた白い耳がぺたん、と下を向いた。
「しかし、空腹は必ず訪れるものです……ここ二日ほど人間さんとの縁がなく、雨水以外のものを口にしておりません故、余計に響きます……」
「食べてないのか……ええっと……」
 鞄を探ってみたけど、いつもならお菓子の一つでも入れているはずなのに今日に限って何もなかった。ああ、ウサギさんめっちゃ期待の眼差しで見てるよ……ないって言い辛いなあ……。
 あ、そうだ。
「ねえ、ちょっと待っててくれる?」
 ウサギは一瞬きょとんとしたように首を傾げたけれど、すぐにこくんと頷いた。
「ええ、私はここを離れる訳には参りません故」
 そっか、一週間もここで待ってるんだもんね。
 急いで階段を下りて真っ先に向かったのは元々の目的地である和菓子屋さん。
 自動ドアが開くと同時に私の目に飛び込んできたのは。

「これは、何でしょうか」
「苺大福。……あっ、ウサギに苺大福ってあげてよかったっけ?」
 どでん、と目の前に置いた白い塊にウサギがぴくぴく鼻を動かしながら首を傾げる。お店に入ったら苺大福セールやってて、つい手が伸びちゃったんだよね。けど、よくよく考えればおもちだし、あんこだし、ウサギの体には良くないよね、多分……。
「まあ私は雑食ですし、豆大福やイチゴ単体ならば食したことがございますので」
「そ、そう……なら、いいけど」
 だけどウサギは苺大福をじーっと見つめるばかりで手に取る様子を見せない。
「食べないの?」
「……いえ、何だか見ていると自分の子供のように見えて来ました。形状のせいですかね」
「あー……まあ、その気持ち、分からなくもないかな?」
 私も最初ウサギのこと苺大福みたいだって思ったし。
 しばらくウサギはうーんと考えていたみたいだけど、やがてこくんと何かを決意したように頷いた。
「名残惜しいですが、少しずつかじって友人を待ちたいと思います。しかし、いましばらくはこうして私のお供としていて頂くことに致しました」
「……それ、却って食べ辛くならない?」
「かと言って、すぐに食す決心もつかぬもので。でも構いません、旧友と待つ時間はまだまだ長い。ショウヒキゲンには食します故ご心配なさらず」
 ぴ、と片手を上げたかと思うと、そのまま頭のシルクハットを取って仰々しく私に一礼した。
「見知らぬ人間さんのお心遣い、まことに感謝申し上げます」
「あ、いえ……つまらぬものですが……」
 思わずこっちもかしこまってお辞儀なんかしてみたりする。
 するとウサギはシルクハットを被り直して目を細めた。
「こうして待っていると、人間さんの優しさが感じられるので、友を待つのはさほど苦痛に感じません。お嬢さん、またお会いできましたならばその時は私がお嬢さんにお茶をごちそうさせて下さいませ」
「あ、う、うん……そうだね、それじゃあ気をつけて」
 ぱたぱたと片手を振ると、ウサギは「御機嫌よう」と手を振り返した。
 ぼーっと夢の中を彷徨うような感覚で歩きつつ、後ろのウサギを振り返る。私の方に体を向けたウサギは私があげた苺大福をその隣に置いてこっちを見送ってくれていた。
 ……色々つっこみどころ満載だけど、何せ疲れた脳みそなもんで、それ以上深く考えず、ま、いいことしたならいいか、と口元を緩ませた。

 結局目的の自分の分の苺大福を買い忘れたのに気がついたのは、家についてからだった。
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ぼくのガーベラ

18日がガーベラの日と聞いて。


 午後十一時五十分。
 どちらが決めた訳ではなく、ただ自然と互いにログインしようという流れになった。某SNSにあるチャットルームの一つにカスミは「かすみ草」のハンドルネームで入室した。
『こんばんは』
『こんばんは』
 すぐに返答が表示され、カスミは思わず唇を緩める。ハンドルネームはガーベラ。文字の色は赤。カスミの頭の中で真っ赤なガーベラが今夜も咲き誇った。
『かすみくん、今日も早いね』
『ガーベラには敵わないよ。いつも同じタイミングで入室しているはずなのに、ぼくより先にいるんだもん』
『この時間が来ると、いつもそわそわしちゃうから、一時間前からパソコンの前にいるの』
 そわそわという言葉を受けて、頭の中のガーベラが風に揺れている様子が浮かび、カスミはますます笑みを深めた。楽しみにしていたのはカスミも同じだ。一時間前どころか、夕食を終えてからずっと今の瞬間までパソコンにかじり付き、ガーベラとの逢瀬を待ちわびていたのだから。
『ぼくも同じだ』
『本当? 嬉しいな。やっぱりかすみくんとは繋がってる感じがするね』
『うん、ぼくもそう思うよ』
『初めてこのチャットで会った時も、同じように私たち悲しい気持ちを共有してたものね』
『そうだね。アレは本当に驚いたよ』
 今から半年前。
 その日も宛てもなくただ現実逃避のためにネットの世界を徘徊していたカスミの目に飛び込んできた、チャットしませんかの赤い文字。
『一緒に気持ちを共有してくれるひととお話ししたいです』
 最初はその言葉を真に受けて入室を決めたわけではなかった。ただカスミは今と同じく狭い世界に自ら閉じこもり、人間を拒んでいる状況にあった。今と違うのは、現実逃避しているはずのネットの世界の住民でさえも拒んでいたことだ。だからちょっと冷やかしてやろう、程度の安易な気持ちだった。
 だが、
『涙が止まらないんだ。どうしたら止められるかな』
 そんなガーベラの言葉にカスミは戸惑った。打ち込むつもりだった煽り文句を消し、思わず「大丈夫?」などと月並みな言葉を並べていた。
 すると、ガーベラはすぐに返答して来た。
『来てくれてありがとう。貴方がいてくれて良かった』
 その言葉がカスミの中にあった壁を切り崩して、気がつけばつらつらとカスミもガーベラに自分の悲しみを訴えていた。
 いつの間にか学校へ通えなくなっていて、外に出ようとすればするほど劣等感に悩まされて自分にも他人にも苛立つ日々。誰にも心を開かないのは楽である一方、胸が塞がるような苦しみからは逃れられないことを。
 ガーベラはそんなカスミの言葉に「分かるよ」と返して来た。
『誰にも分かってもらえない悲しみを、私と貴方は今共有してるのね』
 その言葉に涙が溢れ、しばらく文字が打てなかった。
 それ以来、カスミはこうしてチャットでガーベラと同じ気持ちを共有し続けている。悲しい事も嬉しい事も、全て分け合ってきた。最早カスミにとって、ガーベラは唯一無二の友人を超えて、もう一人の自分のような存在だった。いや、もう一つ抱く気持ちがある。それは見た事もないガーベラに対する思慕だ。
『今日はどんな日だった? 私はね、とっても楽しい気分だったわ』
『ぼくはいつも通りだ』
『そうなの? じゃあ私の楽しい気持ちをかすみくんに分けてあげるね』
 ガーベラのそんな言葉がカスミを笑顔に変える。
 そしてどきどきと鼓動を大きく高鳴らせてくれるのだ。
(やっぱりガーベラが好きだ)
 ガーベラとネット上の会話を交わす度、その思いは強まっていく。
 誰にも会いたくないと願っていたはずなのに、ガーベラにはどうしても会いたい。
『ガーベラ、お願いがあるんだけど』
『なあに?』
 一呼吸置いてから、ゆっくりとその文字を打つ。
 こんなに心臓が大きな音を立てたのは、オレンジ色に染まった下駄箱を開けたら靴がなくなっていた時以来だと思いながら、カスミはエンターボタンを押した。
『ぼくと会ってくれませんか?』

『いいわよ』
 約束はこの春一番の快晴の日に、大きな噴水の前で。
(……帰りたくなって来た)
 ずきずきと痛む腹部を押さえながらカスミは紺色のキャップ帽を深々と被り、きょろきょろと辺りを見回す。噴水の正面にある時計は十一時四十五分を指している。約束はいつも夜にチャットで会う時間と同じ、十一時五十分に。ガーベラが言っていた言葉を必死に反芻しながらも、カスミはなかなか噴水へ目を向けられない。
(来てるのかな、ガーベラ……)
 自分から言い出したことであるのだ、ここで引き返すのは幾ら何でも無責任だった。しかし、ガーベラが本当に来てくれるという保証もなかった。ネット上では自分にとって救いの存在であったとしても、ひょっとしたら自分を嘲笑っている奴かもしれない。マイナスに向かって行く自分の考えを、カスミは頭を振って掻き消した。
(ガーベラは、そんな子じゃない……っ)
 辛い時も楽しい時も、ガーベラと二つに分け合えたからこそカスミは幸福だと感じられたのだ。あれだけ人を信じられなかった自分を変えてくれたガーベラ。その姿をようやく目にすることができる。
 ぐっと奥歯に力を入れ、カスミは噴水の方へ歩き出した。時刻はちょうど五十分。チャットでも常に早く来ているガーベラのことだ、今回もまた早く来ているに違いない。
 ところが、あと数歩で噴水に辿り着くというところで、不意にカスミは立ち止まった。
「あれ……?」
 噴水の隅にそっと置かれている、赤い花びらを揺らしてその存在感をカスミに示している存在がいたのだ。恐る恐る近寄り、その花を見てカスミは思わず呟いた。
「ガーベラ……」
 カスミの脳裏に浮かんだのは、いつだったか、ガーベラが落ち込んでいる自分を励まそうとチャットにある画像を貼り付けてくれた時のこと。
『私のお気に入りの花なの。ガーベラだよ』
 庭に咲いたものを撮影したというその花の色は、この花束と同じ真っ赤な色をしていた。
 偶然だろうか。そう思いかけたカスミだったが、真っ赤な花に交じる白く小さな花をつけたかすみ草を見てその考えを打ち消した。
 ガーベラだ。これはガーベラからカスミに贈られたものなのだ。
 そっと抱き上げると、その花に埋もれる一枚のカードを見つけた。
『ごめんなさい。今は会えないから、せめて私が本当にいることだけかすみくんに伝えさせて下さい。私なんかに会いたいと言ってくれて、ありがとう』
「……ガーベラ……」
 ガーベラに会えなかったという落胆と、ガーベラは本当にいるんだという喜び。二つの気持ちがカスミの中で混ざり合い、胸がいっぱいになった。
 不意にカスミは辺りを見回した。カスミが思い描くようなガーベラらしき人影は見当たらない。それでも、ガーベラがまだ近くにいるのではないか。その可能性がカスミの口を動かす。
「教えてくれてありがとう、ガーベラ。ぼくはいつまでも待ってる。だから、また会って下さい!」
 周囲の人々からの視線が突き刺さる。それでもカスミの気持ちは高揚したままで、あれだけ嫌だったはずの他人の視線など気にもならなかった。

 その日、いつもの夜のチャットにログインすると、そこにガーベラはいなかった。
 それでもカスミはキーボードを鳴らし、文字を刻む。
『こんばんは』
 ガーベラが真っ先に言ってくれた言葉を、初めてカスミから刻んだ。
 自分しかいないチャットルームの空しさがカスミを覆おうとするが、カスミは辛抱して待った。
 すると。
『こんばんは、かすみくん』
 自分の挨拶文の上に浮かんだガーベラの赤い文字に、カスミは思わず破顔した。
『会ってくれてありがとう。花、とっても綺麗だったよ』
 カスミの言葉に、しばらくの間をあけてガーベラのメッセージが送られてくる。
『かすみくんは優しいね。私、会えなかったのに』
『いいんだよ。ぼくが無理に言ったのがいけなかったんだ』
 再び間が空き、ガーベラのメッセージが表示される。
『かすみくん、お願い。いつか会える時が来たら、私とあの噴水で会ってくれる?』
『もちろんだよ』
『どんな私でも、構わない?』
『構わないよ。ガーベラ、言ってたでしょう? 悲しい事も楽しい事もぼくらは半分に分け合おうって』
 君が自分に対する負い目があるのなら、ぼくにもそれをちょうだい。
 カスミのメッセージに再びガーベラのメッセージが長い間を置いて更新される。
『かすみくんを好きになれて良かった』

ハナシノブ

※男性同士の恋愛要素がささやかながらも含みます。登場する「先輩」は「見送る君に」(創作BL)と同一人物です。

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ぼくと新先輩

※所謂トランジェンダーの子(心は女の子で体は男の子)のお話になります。フィクションです。
新先輩は去年書いた「イイナヅケのイモウト」の新と同一人物です。
同性愛要素はないつもりですが、捉え方によっては見えるかもしれません。(カテゴリは通常短編にしております)

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