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見送られる貴方へ

※本作は女性同士の恋愛要素を含んでいます。卒業の百合バージョン

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見送る君に

※男性同士の恋愛を扱ったお話になります。

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心の在り処

心の在り処

 気がつけば、目の前に煉瓦造りの壁に囲まれた町の入り口の前にいた。
 煉瓦はところどころ崩れていて、そこから覗く町並みは白い靄に包まれている。
 ここはどこ。僕はどうしてこんなところに来たのだろう。
 からっぽの体に問いかけても答えは見当たらない。手がかりとなりそうな荷物も何も持っていない。ただ、目の前のこの町だけが唯一の手がかり。
 ……悩んでいても仕方ない。とりあえず、先へ進んでみよう。

 白い靄に包まれた町は、ひどく静かだった。
 最初は誰もいない町なのかと思ったけれど、時折すれ違う人の存在を確認できた。だけどその顔に生気は無く、血の通った人間とは思えないくらい肌が真っ青だった。
「あの、すみません」
 よろよろと歩く老婆に声をかけてみる。しかし老婆は僕の呼びかけに反応することなくよろよろと進行を続けるばかり。
「あの、すみませんっ」
 その小さな背中に駆け寄り、再度声を張り上げると。
「どうしたの?」
 真横から聞こえてきたソプラノの声に、僕は老婆に駆け寄る足を止めてそちらへ顔を向けた。僕のすぐ傍に佇んでいたのは太陽を思わせる金色のロングヘアの女の子だった。年の頃は僕と同じくらいだろうか。頭のてっぺんで結ばれた白いリボンがほんの少し幼さを感じる。
「貴方、この町の人じゃないわね。旅人さん?」
「う、うん……多分」
「多分? 不思議な人ね」
 くすくす笑いながら女の子が緩く首を傾げる。さらさらと流れて行く金髪はとても綺麗だけれど、その笑顔も僕の脳に強く焼き付いた。

「記憶喪失の旅人さんか。それは大変ね」
 町の広場に出た女の子に連れられ、僕は噴水の前に設置されていたベンチに座らされた。すると女の子が手に抱えていた紙袋からリンゴを取り出して僕に差し出す。
「……いいの?」
「もちろん。一人で食べるより二人で分け合った方が楽しいでしょ?」
「……ありがとう」
 しゃく、とリンゴをかじると、ほんのり酸っぱくて空っぽの体に少し沁みた。
「美味しい?」
「多分、美味しいよ。ちょっとだけ酸っぱいけど」
「そう? 私にはとても甘く感じるけれど」
 言いながら彼女もしゃくり、とリンゴをかじる。
「うん、やっぱり甘い。全然酸っぱくないわ」
「……そうか」
「味の感じ方は人それぞれよ。気にしちゃだめよ」
 僕が落ち込んでいると思ったのか、彼女が優しい言葉をかけてくれる。
「ありがとう。でも、落ち込んでいるわけじゃないんだ」
「? そうなの?」
「うん。何と説明すればいいのか分からないのだけれど……僕にはこのリンゴを『甘い』とか『酸っぱい』とか、はっきり感じられないんだ。何となくそうなんじゃないかなって思うだけで……この体の中はずっと空っぽだから」
 隣に座る彼女のぬくもりも、温かいのか冷たいのかよく分からない。
 分かるのはその顔がずっと笑顔であることだけ。
「……いいな」
「え」
 ぽつりと漏れた彼女の言葉に驚くと、彼女は笑顔のままごめんね、と首を振った。
「変な意味じゃないの。貴方にとってはとても大変なことなんだと思うし、可哀想だとも思ってる。だけどね……いいなってちょっとだけ思っちゃった」
「記憶がないこと? それとも、体が空っぽなこと?」
 尋ねると、彼女はやっぱり笑顔で答えた。
「どっちも。記憶も体の中に感情が詰まってることも、私を苦しめ続けているから」
「……君の記憶も感情も、君を苦しめるものなの?」
「そうよ。ずっと、ここに張り付いたまま離れないの」
 そのなだらかな胸元に手を置いて呟く。
 その笑顔に曇り等一切見当たらないのに。
「……じゃあ、どうして君は笑っているの?」
 僕の問いかけに、初めて彼女が沈黙する。リンゴに目を落とすその表情はやっぱり笑顔で……いや、違う。頬が震えている。まるで何かを堪えるように。
「笑顔が」
「?」
「笑顔が好きだって、あの人が言ったから」
「あの人?」
「私の一番大切なヒトよ。もうこの世にはいないけれど」
 再び彼女の視線が僕へやってくる。笑顔、だけれど、その目尻にはじわりと雫が浮かんでいる。
「どんなに辛くても悲しくても、笑っていて欲しいってあの人が最期に願ったから、私は笑ってるの」
「……本当は笑いたくないんじゃないの?」
「ええ、笑いたくなんてないわ。あの人がいない世界で笑うなんて、思った以上に悲し過ぎて……ますます死にたくなるから」
 だけど、彼女は笑ってる。
 大切なヒトのために。
「記憶も感情もなければ、きっと心から笑う事ができる。それが、あの人の好きだと言う笑顔だと思うんだけど……それはできないから」
「……」
「記憶や感情をなくしたら、あの人のことも忘れてしまう。それが一番耐えられないから」
 彼女の言葉が空っぽの僕の体にずしりと重みを与える。
 受け止めて留めておく「器」はないのに、忘れてはいけないとばかりに僕の中の何かがぶるぶる震える。何で、空っぽなのに……。
「……ごめんなさい、変な話しちゃったわね。そんな顔、させちゃうなんて」
「え」
 言われて自分の頬に手を当てると、彼女がそっと僕にハンカチを渡した。
「……僕、泣いてるの?」
「うん、泣いてるわ。自覚、なかった?」
 問われて素直に頷く。指先に当たる雫が自分から流されたものだと信じられない。相変わらず僕の体は空っぽなのに。
 空っぽのはずなのに、体が熱い。
「辛い?」
「いや……よく分からない」
「そう……こんな時、どうしてあげればいいかしら。私にはリンゴと笑顔くらいしかないし」
 彼女が困ったように首を傾げる。でも、笑顔のままだ。
 だから僕も、彼女を真似て笑顔を作ってみた。
「あ」
「……おかしい?」
「ううん。とても素敵」
「……あ」
「? どうしたの?」
 きょとんと首を傾げる彼女の顔を指して、呟く。
「君の今の笑顔、すごくきらきらしてる」
「きら、きら?」
「うん」
 僕の言葉を受けた彼女は、また目尻にじわりと大きな雫を浮かべて震えたかと思うと、小さな声で「ありがとう」と返した。
「きらきらしてるって言ってくれたのは、あの人以外では貴方だけよ」
「……そう」
「ねえ、さっき貴方の事を羨ましく思ったけれど……貴方の涙と笑顔を見て思ったわ、やっぱり記憶と感情は人間必要なものよ」
「うん、僕も君の笑顔と涙を見て、そう思ったよ」
 ベンチからゆっくりと身を起こした僕に、彼女が行くの? と首を傾げる。
「うん。リンゴ、ごちそうさま」
「これからどこに行くの?」
「……空っぽのこの体に入っていたものを、捜しに行くよ」
「うん、その方がいいわ。私も、どんなに辛くても悲しくても、死にたくなっても、この町で生き続けるから」
「うん、その方がいい」
 じゃあ、と彼女に背中を向ける。
「……必ず貴方の心はどこかにあるわ。諦めないで」
「……ありがとう、君も元気でね」
 振り向こうかと思ったけれど、歩き出した僕の耳に聞こえてきた嗚咽がそれを止めた。きっと、彼女は悲しみに歪んだ顔を見られたくないはずだから。
 
 心を取り戻したら、僕はどう思うんだろう。彼女のように死にたくなるような絶望を味わうんだろうか。
 そうだったとしても、僕はあの彼女のことを思い出して笑おうと思う。
 

3月7日、夜の大衆食堂にて

「大体ね、雛人形のあたしたちと娘の縁談なんて関係ないんだって話なのよ」
 桃色のネイルが輝く指先でソースの入った陶器を手に取り、目の前で香ばしい匂いを放つメンチカツに向かって豪快に振りかけた。その手のひらほどのメンチカツがびたびたに浸るほどたっぷり掛けるのが、彼女の好みだ。そのお陰でここ二、三年ほど下腹部に蓄えられている脂肪が彼女の一部と化しているのだが、今日ばかりは気にしていられない。とにかく、食べなければやってられないのだ。
「なのに娘が嫁に行けないのはあたしの顔がぶっさいくだからだとか、ホント何言っちゃってんだか訳分かんないわ。どう考えてもお宅の娘さんにその気がないからでしょうが、諦めなさいってのよ」
 割り箸をぱちんと小気味よい音を鳴らして開き、ソースをびたびたに浸したメンチカツを割ってその欠片を真っ赤な唇に運ぶ。怒りで歪んでいた彼女の細い目もこの至福のときばかりはうっとりと垂れ下がり、その白い肌にも久方ぶりに鮮やかな桃色が浮かぶが、こくんと嚥下してしまうとたちまち怒りが戻ってきてしまう。
「不細工じゃないわよ、不細工じゃ! お宅の息子さんがあたしに思い切りボールを投げたせいでちょぉーっと頬が陥没しただけよっ! 言っとくけどあたしが置かれていた店の中では、いっちばん上等品だったんだから! ほーんと、お宅の実母だか義母だか分からないけど、あのオカーサンにはふかぁーく感謝しとけっての!」
 ざくざく、とキャベツにマヨネーズを絡めながらハイスピードで口に運んで行く。その様はまさに干し草を貪る空腹のウマのような凄まじさだ。
「んぐ、おまけにその時にあたしのお内裏さまをそのクソ息子がぶっ壊すから、あたし、独り身よ! 雛人形の独り身がどんだけ空しくて救いようがないって分かってんのかしらっ! 雛人形で娘の結婚を祈るんなら、まずあたしに旦那をもってこいっての、お雛様一人に祈ってもしょうがないってえの!」
 あっという間にキャベツの山は彼女の腹に収まり、再びその箸の先がソースでびたびたになったメンチカツに伸びる。
「あーもー! 独り身のお雛様の空しさったらありゃしないわ! 旦那の一人でもいりゃあこうやって一人寂しくさびれた食堂でメンチカツを食べることもなかったでしょうに! ホントはあたしだってみんなでワイワイ焼肉行きたいわよ! カルビ大好きよ! でもね、女官たちのあの「可哀想ねえ~」って言うムカツク嘲り笑いとか見えると、とてもじゃないけど誘いをかける気分になんかならないのよっ。そしたら一人でひなあられ食ってた方がマシよ!」
 はぐはぐ、とメンチカツを咀嚼する。口の中で飛び出す肉汁とソースの絶妙な絡み具合に、彼女はぴたりと箸を止めたかと思うと、真っ白な瞼を閉じた。
「……ぐすっ、うん、そうよね、分かってる。こんなの強がりよね。本当は寂しいくせに何てコトないです~って澄まし顔して。距離を作ってるのはあたしの方なのよ」
 かちゃ、と箸を揃えて机に置くと、温かな緑茶の入った湯のみに手を伸ばし、こくりと一口飲む。ほぅ、と広がる表情は「哀」だ。
「こんなに覇気のない雛人形じゃ、確かに良縁なんか運んで来なさそうよね。それでも捨てずに毎年飾ってくれるあの奥様には感謝してるわ。あたしに一抹の願いを託しているのよね……叶えられるかは別だけども」
 ふ、と瞼を開いた彼女は再び箸を手に取り、お皿に残った最後の欠片をゆっくりと口に運んだ。もぐもぐ、とその味を確かめるように咀嚼するその瞳にはうっすらと涙が浮かんでいる。
「うん……そうね。あたしもあの家が好きよ。不細工って言われるし、お内裏様はいないけど……数えきれないほどの思い出があるもの。それにこの食堂に出会えたのも、あのお家があったからこそだわ。ささやかだけれど大切な幸せって、あるのね」
 ほんのりと真っ赤な唇に笑みを浮かべると、彼女はからっぽになったお皿をカウンターの向こうへ差し出した。
「オヤジさん、メンチカツ、お代わり」
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