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ボーイ ミート サンタガール

ちょっと、お兄さん。こんなところで寝てたら風邪引くよ」
 ぺたぺた、と頬を撫でる柔らかくていい匂いのする何かに、ふわふわ浮いていたオレの意識は一気に冷たい都会の景色に引き戻される。……瞼を開けるとそこにはツインテールのサンタクロースコスの幼女の怪訝そうな顔がどでんとあった。
「……」
「……お兄さん、起きた?」
「はちこ、はちこじゃないか……!」
「感動の再会風に言ってもらって悪いけど、あたしお兄ちゃんいないし、はちこじゃなくてさんたなんだけど」
「いや、ちょっと似てるよ、うちの飼い猫のはちこにさ。目の辺りとか」
「って妹じゃなくて飼い猫と間違えたの?! お兄さん、今日何杯呑んだのよぉ」
「えーっと……浴びる程呑んだから分からんな~」
 にへへと笑ったら、ぱんち、とぐーで軽くほっぺを小突かれた。
「ずるぅい! こっちは年に一度の大仕事のせいで一ヶ月前からお酒禁止なのにぃ!」
「お酒って、君見た目小学生に見えるんだけど実年齢いくつよ」
「女性に年齢を聞くのはマナー違反ですよ、お兄さん」
 もう一回ぱんちを食らう。全然痛くないけど、ちょっとだけ酔いが醒めてきた気がする。
 あー……先輩と別れてこんな路地裏で寝こけてたのか、オレ。道理で寒くて臭いと思ったわ。それにしても、こんな薄暗いところでサンタクロースコスの幼女と二人きりとか通報されそうで嫌だな。クリスマスイブに鉄格子の中とか最悪以外の何者でもねえし。
「悪いな、嬢ちゃん。起こしてくれてありがとう。お兄さんは保身のためにそろそろ行くよ」
「そんな足下ふらつかせて歩いたら危ないよ。私で良ければ傍にいてあげるから、もう少し休んでいきなさいな」
 幼女がぺちぺち、と薄汚れたコンクリートの地面をはたきながら心配そうにオレを見上げている。
「いや、君といるとロリコンだって勘違いされ……うぇっぷ」
「ほら、見なさいな。大丈夫、クリスマスイブにさんたと一緒にいても別に通報されないから座りなさい、お兄さん」
 そっか、サンタクロースなら問題ないか、何か色々違う気がするけどもう考えるのが面倒くさい。諦めてその隣に腰掛けたオレに、幼女……否サンタが小さな手でオレの背中を擦り始めた。
「お兄さん、若いからって無理しすぎよ」
「う~……だって先輩に呑めって言われたら呑まないわけにはいかないし……ぅっく」
「無理矢理呑まされたらそれはアルハラよ、アルハラ。聖夜前だからってお酒が強くなる魔法なんてないんだから、無理しちゃダメよ」
「だって……オレ彼女もいないし、オトナだからプレゼントももらえるわけじゃないし……うう」
「やだ、何で泣くのよ、泣き上戸?」
「うう……そうかもしれない……うぐぐ」
 ぼろぼろと勝手に流れてくる涙に、ますます惨めな気持ちが煽られる。
「何だか……お兄さん、可哀想だね」
「うう……」
「まあ、お兄さん以外にも可哀想なオトナはいっぱいいるけど……よし」
 オレの涙をハンカチで拭ってくれた幼女は、いきなりそのぺったんこの胸元にぶら下げていたデフォルメされたトナカイのポシェットを探り始めた。
「可哀想で泣き虫なお兄さんに、さんたからプレゼントだよ。とっておいて」
「……」
「ちょっと、いらないの? せっかくあげるって言ってるのに」
 いや、そんな膨れっ面であめ玉を差し出されても、どういうリアクションをとればいいのか分からない。
「いや、君の気持ちだけで嬉しいよ、ありがとう」
「あ、お兄さんこれただのあめ玉だと思ってるでしょ。そんなわけないじゃない。オトナのあめ玉なんだから」
「はいはい、オトナのあめ玉ね。メロン味なんだ、オトナだねえ」
「んもーっ! お兄さんバカにしすぎよ!」
 ぽかぽか小さな拳に殴られていると、すっかり涙も枯れて何だか笑えてきた。
「ありがとう。君の気持ちが嬉しいのはホントだよ。クリスマスなんてくそくらえって思ってたけど、君みたいに可愛いサンタクロースとこうしてお話できただけでも、嬉しいよ」
「……お兄さんがそう思ってくれるなら、あたしも嬉しい。でもまあ、あめ玉はとっておいてよ。あたしのお夜食だったものだけど、ホントに美味しいんだから」
 ころん、と薄緑のあめ玉をオレの手のひらに転がした幼女は満足げに笑った。
「ところで、君はサンタなのに仕事へ行かなくていいの?」
「今一つ仕事をしたから、お兄さんが歩けるようになるまで休憩するよ」
「……オレ、通報されないかなあ」
「だからさんたと一緒だから大丈夫だってば」
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絵を描く

「へたくそ」
 寒い冬のある日、山の景色を描いたスケッチブックに降って来たのは雪じゃなくて、雪よりももっと冷たい男の子の声だった。

 は、として顔を上げると、丸いメガネで前髪ぱっつんの男の子が丸い目をじ、とこちらに向けて立っている。華奢な肩に掛かっているのは黒いランドセル。右側に掛けられた袋は土ぼこりでひどく汚れていた。ううん、よく見たら男の子は全身泥だらけだった。こんな寒空の下で外で駆け回って遊んでいたんだろうか。
「へたくそだね。おれがかいたほうがよっぽどきれいなやまがかけるよ」
 何も言えないでいた私に、男の子が再度そう言った。その声音はやっぱり冷え冷えとしていて、その言葉通り私を侮辱する響きが言葉の端々にあった。
 けど、私はそんな男の子の言葉にこくりと頷いてみせた。
「うん、へたくそだよ。自分でもそう思う」
 私の返しが意外だったのか、丸い瞳が狼狽えた。男の子は私が怒ったり落ち込んだりする反応を期待していたみたいだ。
「私、絵がへたくそなんだ。何を描いてもへたっぴで、面白いくらい似てないの」
「……じゃあ、なんで絵なんてかいてるんだよ」
「美術の宿題だから仕方なくね。でも、絵を描くこと自体は嫌いじゃないの。下手だけどね、無心になってできるから」
 白い空間に自分で鉛筆を動かして世界を構築していく。どんなに下手だろうとこれは私の世界なわけだから問題ない。まあ、美術の課題的には今回も残念な結果に終わるだろうけど、別にいい。美大に行くわけでもないし、絵が絶望的に下手でも生きていけるもんね。
「うまくかけなきゃつまんねえよ」
 ぽつ、と男の子が呟く。ちょっと悔しそうに。
「そんなことないよ。何も考えずに好きなように描けば上手くても下手でも楽しいよ」
「へたくそはばかにされるんだ。ともだちにわらわれて、悪くないのにいじめられるんだ」
「君、いじめられたの? だからそんなにぼろぼろなの?」
「ちがう」
 男の子が丸い瞳をぐ、と見開いて首を振る。今気づいたけど、右ほっぺに小さな痣がある。痛そう。
「……絆創膏、貼る?」
「いらないっ」
「うーん……じゃあ、絵、描く?」
「え……?」
「まだスケッチブック描くところあるから。絵、描く?」
 ん、とスケッチブックと鉛筆を差し出すと、ぽかんと口を開けていた男の子がいきなりハッとしたような顔になって、べえと舌を出した。
「か、かかねーよ、ばーか! へたくそー!」
 小学生らしい暴言を私に投げつけると、男の子は踵を返して走って行ってしまった。あら、行っちゃった。一体何だったんだろ。
 ヘタクソだとバカにされる、か。別にそれでもいいじゃないって思うけどね。
 だってどんな絵でも、それは自分だけの世界なんだし。自分さえ満足ならそれでいいじゃないって。
 仕方ない、また一人で新しい絵でも描こうか。さすがにこの山を提出したら美術のれーちゃん先生に怒られちゃうし。
 新しいページを出して、さて、今度は目の前の川でも描こうかなと鉛筆を動かしていたら、ぽすん、と隣に座る気配があった。
 あれ、さっきの男の子だ。
「……」
「……描く?」
 もう一度尋ねると、男の子はこくんと小さく頷いた。あ、今度は素直だ。
 開いたページをそのままにスケッチブックと鉛筆を渡す。すると小さな手でしっかりと鉛筆を握り、力強く大きな山を描いた。
「おー、ダイナミックだね。うん、私より太くていい感じ」
「……」
「やっぱり思い切りが大事だよねえ。ディティールにいちいち拘ってると、却って下手さが際立つっていうかさ。そもそもへたくそにディティールも何もないんだけどね」
「……」
「……君さ、何かあったの?」
 ぴた、とよどみなく動いていた鉛筆の先が止まる。
「……」
「ま、大体は予想つくけどね、君の格好やさっきの発言から色々と」
「かんけいないだろ」
「うん、関係ないね。ただ聞いてみただけだよ」
「……おれはわるくない」
「うん?」
「あいつらがいっつもつっかかってくるだけだ」
「そっか」
 ぐりぐりぐり。山の線はどんどん野太くなっていく。男の子の中にある感情が、絵になって吐き出されているんだ。私にはこんなに憤ったことってあんまりないから、すっごく新鮮だ。
「君の山、すごいね。迫力満点だ」
「……」
「そんな疑り深い目で見ないでよ。心から思ったことしか言わない主義だし、私」
「……へんなおんな」
「そうなのです、私、絵がヘタクソな変な女の子なの。でもそれだけ」
「……」
「君も、かっこよくて迫力満点の山が描ける素敵な男の子。それだけ。でしょ?」
「……ほんとに、へんなおんな」
 くす、と男の子が笑った。私もつられてへへへって笑う。
 出来上がった山の絵がシンプル過ぎてちょっと寂しかったので、私が薄く花の模様を描いてみた。
「何これ」
「何これって、お花だよ、お花。今は冬だから寂しいけど、花が咲いたらこんな感じで山が賑やかになるんだよ」
「……」
「分かってる、ヘタクソって言いたいんでしょ?」
「……ちょっとだけ、うまい、と思う」
「そう?」
「へただけど、でも、ちょっとだけうまいかも」
「そっか。よし、じゃあ私の絵にもお花を追加しとこう」
 多分、それでもれーちゃん先生は呆れるだろうけど、いいのだ。
「……ねえ、あんたってさ、へんなひとだけど」
「うん?」
「きらいじゃない、かも」
「お、大人なお姉さんを口説く気かい、少年」
「? くどくってなに?」
「あはは、さあね」

ふたりでひとつ

 お姉ちゃんには「端麗な顔立ち」。私には「どこまでも見通せる目」。
 それぞれ、生まれでた時に神様から貰ったものだ。

ふたりでひとつ

 私のお姉ちゃんはとっても綺麗な長い黒髪を持っている。腰を通り越して足下に届きそうなそれを切るつもりはないらしい。だから私はその髪が傷まないようにお姉ちゃんの「目」になって綺麗にブラッシングして、一つ一つ丁寧に三つ編みを作る。お陰で朝はその三つ編みを作るだけで時間がかかっちゃうから、私はささっと整えられるようにずっと短髪でいる。お姉ちゃんと違って男の子っぽい顔立ちの私、本当は男の子に間違われるのが嫌だけど、これもお姉ちゃんの為だ。それに、お姉ちゃんが私の憧れる長い髪を保ち続けていてくれるから、それでいいのだ。
「よし、できた。ねえ、今日のリボンは何色がいい?」
「みっちゃんの好きな色でいいよ」
 私が何か尋ねると、お姉ちゃんは決まって「みっちゃんの好きなようにしていいよ」と言う。私は内心それがちょっぴり寂しい。まるでお姉ちゃんには意志がないみたいに感じられてしまうから。だから私は「双子のカン」というのを一生懸命働かせながらお姉ちゃんの本心を探ることにする。
「じゃあ、ピンクね」
「うん」
 ピンクのリボンは際(きわ)に花びらのようなレースがついている可愛らしいものだ。今日のお姉ちゃんはとても機嫌がいい。だからそんなお姉ちゃんがもっと可愛く見えるようなこのリボンを選んだ。いいなあ、私には到底似合わないけど、お姉ちゃんが身につければほら、こんなに可愛い。
「できたよ、お姉ちゃん。可愛い」
「ありがとう」
 にこ、とお姉ちゃんがえくぼを作って笑う。
 お姉ちゃんの髪を整え終えたら、ようやく私が身支度をする番。と言っても短髪だから水をつけてささっと整えて制服を着るだけで終わっちゃうんだけど。
「よし、私も支度できたよ。行こう」
「うん」
 お姉ちゃんから伸ばされた手に私の手を重ねて握りしめると、私たちは二人きりの世界から飛び出して学校へ向かった。

 私たちは学校でも一緒だ。授業中でも何度も手を重ねて、お姉ちゃんと私は一つなんだって確認する。私は右利きでお姉ちゃんは左利きだから、手を繋いだままでも書き物ができる。
 お姉ちゃんは目が見えないけど、文字が書けないわけじゃない。むしろ私よりすっごく綺麗に書けるから羨ましいと思う。やっぱり見た目が綺麗な人は、文字も綺麗なのかな。けど、黒板通りに書くことはできないから、黒板の内容は私が書いて教えてあげることにしている。私が書いてあげたり、コピーした方が早いのは分かっているんだけど、それはお姉ちゃんが嫌がる。お姉ちゃんは真面目だから、自分で文字を刻まないと納得しないんだ。
 休み時間は、私が黒板の内容をお姉ちゃんに教える時間。私が言った言葉の一つ一つを丁寧に書いていく。
「ありがとう、みっちゃん」
「どういたしまして」
「……ねえ、みっちゃん。私に構わないでもいいんだよ?」
「え?」
 唐突に口を開いたお姉ちゃんの言葉に、私は首を傾げた。
 お姉ちゃんは真っ白な唇をきゅっと噛み締めて、私と繋いだ手をそっと離した。
「私を気遣っていつも一緒にいてくれるのは嬉しいけど……でもそれじゃあ、みっちゃんがしたいことできないから」
「私がしたいことはできてるよ。突然どうしたの?」
「……ねえ、みっちゃん。私たち以外にもちゃんと『人』がいるんだよ?」
 お姉ちゃんが何も映さない瞳を伏せて呟く。
 その言葉に私は頷く。
「うん、知ってるよ」
「……みっちゃんは私と違ってちゃんと見える目がある。『想像』するしかない私より、たくさんの情報を得ることができる。それは神様からの贈り物だからって、前にみっちゃん言ってたでしょう。だから、みっちゃんはその見える目で、私の知らない世界をもっとたくさん見て欲しいの」
 だから、とお姉ちゃんは言葉を切る。
 その綺麗な顔が怯えている。自分から離した手のひらをもう片方の手で握りしめて、震えを抑えようとしている。
 見えないということがどんなに怖い事か。救いのぬくもりを手放すことがどれくらい勇気のいることか。この世に生を受けてからお姉ちゃんと一緒にいた私は知っている。
 だからこそ、私はお姉ちゃんに伝えた。
「お姉ちゃん、私はね、お姉ちゃんといつまでも一緒だよ」
「みっちゃん……」
「私の目は、お姉ちゃんの目でもあるの。お姉ちゃんがいないのにこの目を使うわけにはいかない。お姉ちゃんと同じモノを私は見るんだ」
 私とお姉ちゃんは、二人でひとつ。ひとつのものがふたつに分かれちゃ意味がないもの。だから、ずっと一緒にいる。同じモノを見て、感じるんだ。
「ね、だからお姉ちゃんは安心していいんだよ」
 離した手を再び重ねて囁くと、お姉ちゃんは顔を歪ませて俯いた。
「みっちゃんは……優し過ぎるよ」
「えー、そんなことないよぅ」
「ううん、優しい。優し過ぎて、私時々怖くなるくらいよ」
「お姉ちゃんは考え過ぎだよ。もっと気楽にしてればいいのにさ、私みたいに」
「……そう、なのかな」
「そうだよ」
 言葉を重ねると、お姉ちゃんは小さく頷いた。
「……ごめんね、みっちゃん」
「もー、ごめんとか言いっこなしだよ」
 お姉ちゃんは私が守ってあげないと。
 お姉ちゃんは、私の大切な宝物なんだから。

 みっちゃんは、私の双子の妹だ。
 私にとってたった一人の肉親で、私を『守ってくれる』ヒーローみたいな存在。
 みっちゃんは私たちの関係をよく「二人でひとつだ」って言う。みっちゃんの目と私の容姿。ひとつだったものを神様が分けたんだって、みっちゃんは信じてる。
 でもね、私はそう思っていない。
 私たちはたまたま同じ肉体に宿って、同じタイミングで生まれただけに過ぎない。血の繋がりはあるけど、私は私でみっちゃんはみっちゃんなんだ。
 だから、みっちゃんは私と違ってもっと開かれている世界に飛び込んで行くべき人なんだ。そのための目を持っているんだから。
 なのに、私なんかがいるせいで、みっちゃんは私と同じ世界に閉じこもったままだ。暗闇に閉ざされた、寂しくて冷たい場所に。双子だからって、みっちゃんがここにいる必要は全然ないのに、まるでそれが使命だと言わんばかりに傍にいるみっちゃん。
 だめだよ、みっちゃん。やっぱりこんなの違う。
 みっちゃんは、ちゃんとみっちゃんに相応しい世界で幸せになるべきだよ。
 たとえ、その世界がみっちゃんにとって辛くて苦しいものばかり与えてくる世界だとしても。

 みっちゃん、私が何も見えないからって、何も知らないとは限らないんだよ。
 私から離れた貴方が、私に気づかれないようにひっそりと泣いているのを知ってる。私に「その声」を聞かせたくないからって、迎えに来たクラスメイトさんたちと「仲のいい」フリをして出て行くことも。その先に待ち構えていることも。
 全部、知ってるの。

 ねえ、みっちゃん。貴方は貴方で生きるのに精一杯なのに、余計な荷物を背負う必要はないんだよ。
 私という存在が貴方に与えられるのは、「現実逃避」という逃げ道だけ。
 それをずっと続けていたら、貴方は貴方じゃなくなってしまうかもしれない。
 実の妹を、そんな目に遭わせるわけにはいかない。私だってお姉ちゃんなのよ。目が見えなくたって、妹の役に立ちたい気持ちはあるのよ。
 だからね、みっちゃん。私は少しずつ貴方のその優しい指を振りほどいて行くわ。
 いつか私から貴方の下を去ることができたのなら、きっと貴方も私も「ふたりでひとつ」の呪縛から逃れられる。私は、ずっと手に入れられなかった強さを持てるかもしれない。
 ごめんね。みっちゃんに言ったら、きっとみっちゃんはその指の力を込めてしまうから、言わないでおくわ。
 大丈夫、貴方ならきっと、幸せになれるから。
 優しい貴方だから。

 お姉ちゃんはずっと私と一緒だよ。
 どこかに行っちゃうなんて嫌だよ。
 私たちは「ふたりでひとつ」なんだから。
 置いてくなんて、言わないでよ、ね。

にがい

あんなこと、言わなければ良かった。
 夕焼け色に染まった煉瓦道をスニーカーで踏みしめながら私は胸の中に溜まったどす黒いものを持て余していた。私があの「醜い言葉」を吐いて数時間が経過しているのに、その時の嫌な高揚感が体中を支配していて気持ち悪い。正直、その後の国語と算数の授業のことなんか全然覚えてない。気がついたら放課後になってた、そんな感じなんだもの。
 このまま家に帰ってもこの気持ちを打ち明けられる家族もいないし、だからと言って今日は友達にも会いたくない。
 どうしよう。
 ふと視線を上げると、いつもは素通りする喫茶店が目についた。色のあせたオレンジの屋根、点滅を繰り返すお店の電子看板には「アンティーク」と書いてある。グレーの窓にはおじいさんが新聞を読んでいる姿が見えた。
 ふらりと踏み出した足をその喫茶店へ向ける。
 からーん、と軽い音が頭の上で響いて、女の人の静かな「いらっしゃいませ」が聞こえてきた。レジの傍にいたおばさんは私を見て少し目を丸くしたけれど、立ち止まってどこの席に行けばいいのか困っている私を見かねて「お好きなところへどうぞ」とまた静かな声で言った。それに少しほっとした私は、一番左奥の、窓から遠い席に座った。
 すぐにお水とおしぼりを運んできたおばさんに、私はすぐコーヒーを注文した。
 おばさんがまた目を丸くしたけれど、特にメモを取る訳でもなくすぐに引き返していった。
 床に着かない足がふらふらして落ち着かない。タバコ臭い。さっきから窓際のおじいさんが私を見ている気がして嫌な気持ちになる。それでも、さっきまで私の胸の中に渦巻いていたあの子への憎らしい気持ちと後悔は落ち着いてきた。まるで遠い昔の話になってしまったかのように。
「お待ちどうさま」
 おばさんはすぐにコーヒーを持ってきた。それと角砂糖と小さなポットに入ったミルクも。
 コーヒーを飲むのは初めてだ。クラスでも何人かコーヒーが飲めると言う子はいる。本当かどうかは知らないけど、コーヒーは大人の味がするんだって自慢げに言ってたっけ。コーヒーが飲めるのは大人の証拠。こんな、真っ黒な飲み物を飲めるようになるのが、大人なのか。
 匂いはとても美味しそうだけど、黒い色から連想されるのは決して甘い味じゃない。さっきまで私の抱えていた気持ちと同じ色。苦しくて熱くてしんどい色。これを澄まし顔で飲めれば、明日あの子に対して嫌な気持ちを抱かずに済むと何故か私は思った。
 こくん、と息を一つ、私はカップを持ち上げてそのまま口元へ運ぶ。香ばしい匂いと黒い表面に怯みつつ、私はそっとそこへ唇をつけた。

『ひみつだって、言ったのに』
『ごめんね……でも、わたしだって……くんのこと』
『応援するって言ってたのもうそだったんだ』
『ごめん』
『うそつき、大嫌い』
『ごめんね』

 渦巻く言葉が溢れ出す。思わず吐き出してしまいたくなったけど、私はぐっと堪えてゆっくりとそれを飲み込んだ。
「……やっぱりにがい」
 ぽつり、と感想を呟くと、窓際のおじいさんが笑う声がした。

本日の更新

不定期更新カテゴリにある「ふたりぼっちハピネス」を更新しました。
11月はピクシブの公式企画で追われたり二次創作にあくせくしてましたが、12月はオリ小アワードもありますので、こちらを含めてピクシブでやってるひつじさんももりもり書いていきたいです。
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