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近況

もっぱら最近は「とりあえず日曜日」になってるブログ更新。早く金曜更新安定モードになりたいですが、最近腹痛やら風邪やらのダメージが大き過ぎて執筆速度が全体的に遅れています。今欲しいのは健康です。

ピクシブでもまた面白そうな公式企画がありますし、ブログの方でも全三話ではありますが続き物を始めましたので、これからもよしなにお願い致します。シブの公式企画の学園ものはちょこちょこ拝見させていただいているのですが、オリジナル初めて書くよー!な方もいらっしゃって、オリ小の企画とはまた違う空気がありますね。全部読む余裕はなさそうですが、ちょいちょい読みつつ自分も投稿できればなと思っております。
以上、十一月前の近況でした。
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百回目のまほう 前編

全三回。ジャンルは恋愛ぷちファンタジーのようなもの。

 どんなに本心が正反対だったとしても。
 口に出してしまった言葉は紙に書いた文字のように取り消すことはできない。
 口は災いの元。それが本当だったんだって気づいた時には、既に私の大事な人はーー。

「っ調(しらべ)なんてだいっきらいっ!! もう知らない!」
 喉の奥から沸き上がってきた感情のままに、思い切り言葉を調に叩き付ける。怒りが私の顔面を熱くさせて、鼻の先がじん、と震える。
 歪んだ視界の中で、私に言葉を叩き付けられた調はいつも通りだった。丸いフレームに嵌め込まれたレンズ越しの瞳を細めて、困ったように笑っている。
「あーあ。また律(りつ)を怒らせちゃった」
 言葉にしなくとも、そう思っているのは明白だった。
 そう、私が調に「大嫌い」という言葉を投げつけるのは初めてじゃない。幼馴染みで、隣の家同士の私たちは今までずっと一緒だった。一緒に遊ぶ度にお決まりのように調に「大嫌い」と吐き出す。理由は調が私を置いてどこかに遊びに行ってしまったり、大事にしていたおもちゃをなくしてしまったり、そんな些細なことばかり。
 今回も、遊びに行く予定がダメになってしまったという、実にありふれたこと。
 でも、そうだと冷静な部分では理解できていても、私はすぐに感情的になって調に大嫌いと叫んでしまう。そして、困ったように笑う調に背を向けて走り出すのだ。
「律ー!」
 間延びした調の声がする。でも振り向かない。ひとしきり拗ねて、調が私の機嫌を取りにくるまで振り向かない。それが私と調の「いつも」。どんなに拗ねても、調が必ず私のところにやってきて「律、悪かったよ」と言ってくれれば、「しょうがないなあ、許してもいいよ」と私も返す。
 この時も、私はそんな未来が当たり前のようにやってくるのだと信じていた。


「律、律!!」
 夕食後、自分の部屋で雑誌を読んで寛いでいた私に、お母さんが甲高い声で私に告げた言葉。

ーー調くんが、交通事故に遭ったって。

 嘘だ。
 私は何度もそう思った。これは嘘だ、夢だ。だってこんなこと、「あり得ない」。
 お母さんに無理矢理引っ張られて薄手のカーディガンを羽織った私の目の前には、鼻がむずむずしそうな薬の匂いが充満した白い部屋で、ベッドに横になる調がいた。調のお母さんが、お父さんが、妹ちゃんが調の名前を何度も呼んでいる。調、調。だけど、調はその白い瞼をぴくりとも動かさないまま、静かに眠り続けていた。
「調」
 ねえ、これは夢だよね。これが私の夢なら、私の思い通りにできないかな。
 私の呼びかけで調が目覚めるの。「心配かけてごめんね」ってあの笑顔で。
 そして夢から覚めたら、調と仲直りしてこの夢の事を話すんだ。律、ひどいよ、僕が交通事故に遭う夢なんてさあ、なんてあの大好きな笑顔で言ってくれる。
 そう、だよね。
 ねえ、調。調。
「調!!」

 調が私の呼びかけに答えることはなかった。


 それから毎日、学校終わりに私は調がいる病院へ通い続ける夢を見ている。
 ううん、夢なんて「嘘」。夢だと思いたいけれど、これは「現実」。代わりに夢は都合よく調が起きてばかりいて、目覚める度に私は「現実」で調が起きていないことに絶望した。
「調」
 呼びかけてから、病室のドアを開けるのは私の癖になった。だけど、調は一度も返事をすることなく、眠り続けたまま。そっと近づいて、その頬に指を寄せればその温もりが私に気休め程度の安らぎを与えてくれる。
「……ごめん、調」
 この病室で幾度となく告げた謝罪。調が折れる前に私から謝るのは、生まれて始めてのことだった。
 私が調に最後に言った「大嫌い」。それが調を終わりの見えない眠りに誘ってしまったように感じられていた。今までだって何度も「大嫌い」と言ってきた。それが積み重なって、一つの呪いの言葉のようになってしまっていたら。
 私が「大嫌い」なんて言うから。「大嫌い」なんて「嘘」を吐き続けたから、調は起きないんだ。
「嫌いなんて、嘘だから……本当はすき、なんだから」
 眠る調に真実の言葉を伝える。だけど、調は今日も目覚めない。
 調、本当は大好き。叶う事ならば、この先もずっと一緒にいたい。
 一度でも素直に伝えられていたのなら、こんなことが起こらなかったのかな。
「調……もう起きてよ」
 告白は懇願に変わる。調に縋り付いて、何度も肩を揺さぶって起こそうとする。
 だけど調は表情を変えることなく、私の知らない世界に飛んで行ってしまったままだ。
 今、調は一体どんな夢を見ているんだろう。その夢を覚ます方法はあるんだろうか。

 そんな変な事を考えながら帰宅したせいだったからだろうか。
「……おやすみなさい……」
「あら、律、もう寝るの?」
「ん……何か今日はすごく眠くって。おやすみ……」
 午後九時。普段ならプラス二時間起きている私は急激な眠気を覚え、早めにベッドに潜り込んだ。いつもなら必ず携帯を確認するところだけど、今日はそんな気力も沸かず、私はすぐに意識を手放した。
 ああ、夢は見たくない。このまま何もなく朝が来て欲しい。

「……?」
 ふ、と意識が浮かび上がってきて、私はゆっくりと瞼を開けた。そこにあったのは暗闇の世界。あれ、真夜中に起きちゃったのかな。そんな考えは、足下に這いよって来た冷気が一気に吹き飛ばした。
「ひゃあっ?!」
 ぞくりと嫌な寒気が体を襲い、私はたまらず跳び上がった。足下に何かいる。そう思って目を凝らしてようやく、今の自分の姿が寝間着でなく藍色のセーラー服だということに気がつく。そしてぐるりと見渡して分かったことがもう二つ。ここが私の部屋ではないこと、暗闇と冷気以外何もない世界だということだ。
「ここ、どこ?」
 よく聞くと、自分の声が反響している。まるで何かに閉じ込められているかのようだ。
「……夢」
 そう、これはきっと夢。取りあえずそう思う事にする。
 夢は見たくないとあれほど願ったのに。よりによって暗闇に閉じ込められる夢だなんて最悪だな。だって夢だって思っても、ほら、膝小僧の震えが止まらない。
 だって暗闇だし、冷気が足下からするし、私は独りぼっちだし。
 誰か。誰でもいいから現われて欲しい。人の温もりが恋しい。
 誰か。
 
 こつん、と、それは私の要求に応えるように現われた。
 はっとして顔を上げると、微かに揺らめくオレンジ色の炎が私の方に向かって歩いてきているのが見えた。そしてだんだんと、その光の背後にいた人の姿が露になる。
「!」
 丸いフレームのメガネに、生まれつき明るい茶色の髪。その体はすっぽりと黒い布に包まれていて、オレンジ色の炎が宿る楕円形の提灯を持つ右手だけが見える。
 その小さな目と合った瞬間、私はたまらず彼に駆け寄っていた。
「調!」
 私の声に調が立ち止まる。ぱちぱちと瞬く瞳に思わず目頭が熱くなる。
 夢で会う度、私はこうしていつも泣きそうになってしまう。今は特に、こんな暗闇の中一人ぼっちだったから、余計に嬉しくてたまらない。
 感激して何も言えないでいると、調がおもむろに動いた。
「……え、ちょ、ちょっと、調?!」
 私の横を風のように通り過ぎて、何事も無かったかのように歩き出す彼に慌てて声をかける。おかしいな、いつもの調なら夢でも「現実」でもあの笑顔を見せて私を安心させてくれるのに。
「調ってば、待ってよ!」
「……」
 シカトだ。調ってばひどい。
 私はむっとなって、調の細い肩を無理矢理掴んで振り向かせた。
「調ってば……っ!」
 振り向いた調の瞳の冷たさに、私は絶句した。
 この暗闇に負けず劣らずの、深い闇がその小さな瞳の中に広がっている。
 こんな調、私は知らない。
「シラベじゃない」
「え……?」
「メロウ。それが俺の名だ。分かったら、その手をさっさとどけろ」
 それは調の声と全く同じものだった。だけれど、その言葉遣いも温度も普段の彼とは全く別ものだった。
 唖然とする私に調……メロウは手を振り払うと、再び背中を向けて歩き出す。
 どういうこと? 調じゃない調そっくりの男の子の夢?
 私ってばすごく変な夢を見てる。どうしよう。早く覚めてよ。こんなんならまだ「現実」の方がずっとーー。
 怪しげなうめき声がどこからともなく聞こえて来て、私は思わず小さく悲鳴を上げた。あの男の子は私を置いてどんどん遠ざかっている。あの炎が消えたら、私はまた独りぼっちでこの中にいなきゃならなくなる。
 どうしよう、なんて考えている暇はなかった。
「……っ待って!!」
 私は遠ざかって行くメロウの背中に精一杯叫んだ。
 だけれど、メロウの歩みが止まる事はなかった。

月狼


 満月の夜が、怖かった。
 エルが私を怖がらせようと、「狼人間」のお話をするから。

「硬貨のようにまん丸でぴかぴかに光る満月だもの、今日は狼人間が凶暴化して人間の子どもを食べに町に降りてくるよ。狼はこぉんなに口が大きいから、小さい子どもなんてひと呑みしちゃんだから」
 自分の唇の両端をぐいっと上げて、琥珀色の瞳を意地悪そうに吊り上げながら、毛布に包まって震えている私の前に顔を突き出す。
「アルなんてあーっというまにぱっくりされちゃうわね」
「や、やだあ、おおかみにんげん、やだあ」
 私がわんわん泣きわめき始めると、エルはにししといたずらっ子の笑みを浮かべて私の頭をがしがし撫でてくれる。一歳年上の、血の繋がらない家族のエルだけれど、その温もりはいつだって私の傍にあった。
「大丈夫、私が傍にいるから。狼人間が襲ってきても、アルを守るから」
「っ……ほんとう……?」
「本当。だって義母さんと約束してるもの。アルは私が守るって」
 私とそう変わらない小さな手のひらと、私より頭一つ分高いだけの華奢な体。
 その体のどこに私を守る力があるのだろうか。でも、エルのその言葉は逸話でしかないはずの「狼人間」に怯える私を最後にはちゃんと救い出してくれる、魔法の言葉だった。

 そしてそれは、今も同じ。変わらないことのはずだった。

「ありがとうございましたあ!」
 子連れの女の人に林檎の詰め合わせを渡し終えて、うーんと背伸びをした私の後ろから「アルちゃんお疲れさま」と店長のおばあちゃんが声を掛けてきた。年を重ねるごとに足腰が弱くなっているおばあちゃんはいつもお店の奥にちょこんと座って、この青果店で唯一雇っている私を温かく見守ってくれているのだ。
「店長、お疲れさまです。林檎がたぁくさん売れてます!」
「うんうん、今年は豊作だったからねえ。それにもうじき感謝祭だろう? 今年はどの家でも甘い林檎の香りが漂っていそうだねえ」
「そっか。感謝祭かあ。もう秋ですねえ」
 林檎を見つめながらしみじみ呟く。感謝祭はこの小さな村にとって秋の一大イベント。作物の恵みに感謝して、その年に豊作だった食物でごちそうを作るのだ。今年は林檎が豊作だったから、店長の言うようにきっと林檎料理がたくさん並ぶのだろう。
 だけど。
「林檎だけなのが、ちょっぴり寂しいですね」
「ううむ、それ以外は壊滅的だと聞いておる。どうしたものか」
 店長がため息を吐く。
 麦も野菜も果物も、林檎以外が何故か不作。みんな最初は元気よく育っていたのに、お腹をすかせた獣がこの村の周辺を住処にし始めたようで、その子たちによってダメにされてしまったのだ。あまりにもひどいものだから、村でも何度か森に入って駆除を試みたらしいのだけど、不思議な事に誰もその獣に遭遇しなかったと言う。
「せめて原因の獣を捕まえられたらいいのですけど」
「ううむ……姿を見せぬ獣……それはもしかしたら、ゲツロウの仕業かもしれんのう」
「ゲツロウ??」
「狼人間、という逸話を知っておるか? この村では狼男をゲツロウと言うのじゃ」
「え、そうだったんですか。初耳だわ」
「うむ、アルちゃんのご両親はこの村出身ではないからのう、知らなかったのかもしれんな。それに、今は誰もゲツロウの話をせんようになったからなあ」
 残念そうにそう言いながら、店長はゲツロウのお話を聞かせてくれた。
 満月の夜、一見どこから見ても普通の人間にしか見えない「ゲツロウ」が狼に姿を変えて人々を襲うのだと。だから満月の夜は外に出てはいけなくて、ゲツロウの胃袋を満たす為にたくさんの作物を置いておくんだって。中でも人間の血の色と同じ赤いものがいいのだと。
「じゃあ林檎は、ゲツロウに食べられないようにするための作物ってこと?」
「うむ、そうじゃ。真っ赤な林檎を人間と見間違えて食い荒らすのじゃ。だが、それも所詮気休めに過ぎぬ。林檎を与えたかと言って、迂闊に前に出てはならぬのだ。奴らにとって一番のごちそうは人間だからのう」
 ぶるりと身が震えた。まるでエルが「狼人間」の話をしていた時の狼への恐怖が蘇ってきたかのようだった。

「ただいまあ」
 店長から林檎をたくさんもらって帰ると、エルは既に家に帰ってきていた。キッチンで黒いエプロンを身に着けたエルがお玉を持ったまま、私の方を振り返った。
「おっかえり、アル……あれ、それ」
「うん、林檎。今年はたくさん採れるからお店でもたくさん余っちゃってて。まだ食べれるしもったいないから廃棄予定のものをもらってきたの」
「……へえ」
 私が差し出した籠をちらりと見たエルは、ちょっぴり苦い顔をしてすぐに顔を背けてしまった。あれ、エルって林檎嫌いだったっけ?
「どうしたの、エル。林檎好きじゃない?」
「……ううん、そんなことないわよ。それよりほら、早く手を洗っておいで。あ、あと義母さんと義父さんに林檎を供えてあげて」
「うん、分かった」
 エルに促され、私は林檎入りの籠を床に下ろして洗面所へ向かった。

 母さんと父さんが流行病で亡くなってから、私とエルはずっと二人で暮らしている。私は青果店で働いて、エルは女の子だけど体力があるので大工のお仕事をしている。本当は私が働くことをエルは「アルは家の事をやってくれたらそれでいいから」と反対していたのだけれど、私が「エルと一緒に頑張りたいの」と言ったら渋々オッケーしてくれたのだった。こんな感じでエルは昔から私に過保護だ。きっと、捨て子だったところを私の両親に救われて、その恩返しとして私を守ろうとしているんだろうって母さんは言っていた。だから、狼男の話をして私を怖がらせても、最後には「私が守る」と繰り返し言うんだ。
 けど、もう私もあの頃みたいにわんわん泣くような子どもじゃないんだから、もう少し私にも頼って欲しいな……。

「……?」
 がたごと、と物音で私は深い眠りから覚めた。ベッド脇の窓を見てみると、三日月が私に向かってにやりと笑っている。まだ真夜中みたいだ。
 がたごと。
「? エル?」
 隣のベッドで寝ているはずのエルに呼びかけながら振り向いたら、そこにエルはいなかった。まだ物音はするし、立てているのはエルだろうか。私は目を擦りながらベッドから起き上がり、テーブルに置いてあったローソクに火をつけた。ぼ、と手元が明るくなったら頭も少しだけ覚めてきた。
 手元の火を頼りに部屋を出て、物音のする台所へ向かう。月明かりを受けて浮かび上がるエルのほっそりとした体……なのにその腰からゆらりと大きなものが揺れているのを見て私は思わず悲鳴を上げてしまった。
「きゃあっ?!」
「! アル……!」
 エルが私の声を呼んだ。と同時にぺたんと尻餅をついてしまった。辛うじてロウソクの火は落とさずに済んだのが幸いだ。ぱたぱたと慌ただしくやってきたエルはしゃがみ込んで私の顔を覗き込んだ。
「大丈夫?」
「うん……あっ!」
「どうしたの」
「それはこっちの台詞だよ……! エル、目、どうしたの」
「目?」
 エルが不思議そうに自分の目元に触れる。その色は林檎みたいに真っ赤。いつもの優しい琥珀色はすっかり消え失せていた。
「真っ赤だよ、痛そう……目にゴミでも入った?」
「!!」
 私の言葉にエルがひどくショックを受けたような顔をして、慌てて私から飛び退いた。いつも気丈なエルが小刻みに震えている。私はますます心配になって、
「エル、どうしたの、だいじょ」
「っ来ないで!」
「!」
 エルの拒絶に私が怯む。すると、エルは慌てて首を振って「違うの」と叫んだ。
「わ、私林檎……」
「りんご?」
「そう、林檎、林檎食べると目が赤くなっちゃうの、そ、そういう体質みたいでさ! あ、アルが怖がるといけないと思って、今まで黙ってたんだけどさあ」
「林檎、食べてたの、エル?」
「う、うん……お腹、空いちゃって」
 俯くエルの足下に、齧った林檎が転がっていた。

 けれど、エルの異変はそれだけに留まらなかった。
 真夜中に起きては、家にあるものを片っ端から食べるようになってしまった。
 その物音で私は起きてしまって、エルはその度に「ごめん、お腹空いちゃって」と恥ずかしそうに告白した。その目は相変わらず真っ赤。けど、林檎はほとんどひとかじりしかしなくて、他の食材ばかり食べてるみたいだった。だからお家に残った食材は林檎ばかり。エルはそのことにますます罪悪感を感じたのか、大工の仕事をたくさん引き受けるようになったのだった。でも、唯一ある林檎はほとんど食べないものだからすぐに倒れちゃって、私は何とか捻出したお金でエルに食べさせる食材を買い集めた。
「ごめん、ごめんね……アルに迷惑ばっかりかけちゃって……」
 ベッドに伏したエルは気弱そうに何度も謝罪を繰り返す。その瞳はやっぱり真っ赤で、また林檎を少し齧ったんだと思った。その割にあまり食べないし、何で少しだけいつも齧るんだろう。真っ赤になってしまう自分の目を、ひどく嫌っているようなのに。
 私はエルが食べない林檎を主食にして、寝込むエルを看病したのだった。

 そうしてやってきた、感謝祭。その日はぞっとするくらい綺麗な満月の夜だった。
「アルちゃん、これ、持ってお行き」
 いつものように仕事を終えた私に、店長が大きなバスケットを手渡してきた。ふわんと香る香ばしい匂いに思わず私のお腹もくうと鳴る。
「今日は折角の感謝祭だからね、かぼちゃのグラタンだよ」
「わあ、ありがとうございます……!」
「エルちゃん、まだ調子良くないんだろう? これでも食べて元気になってもらわにゃあねえ」
「はいっ! きっとエルもこれを食べたらたちまち元気になっちゃいますよ」
 店長にお礼を伝えて、私は満月に見守られながら家を目指した。林檎ばかりで退屈してたけど、今日は折角の感謝祭だから仕事に行く前にアップルパイも焼いたんだよね。これとグラタンと、あと葡萄酒でささやかだけれどお祝いしよう。エルもきっと明るさを取り戻してくれるはずだ。
「ただいま、エル!」
 そんな気持ちで胸を膨らませた私が家のドアを開けると、足下にごつん、と何かが当たった。不思議に思って下を向いた私は、思わずバスケットを落とした。
「ひっ……?!」
 林檎。それもたくさん散らばっている。どれもこれも齧った後があるけど、中には潰れてぐちゃぐちゃになったものもある。まるで踏みつぶされたかのような。
 と、奥からがたん!と何かが倒れる音が聞こえてきた。
「っ! エル!!」
 転がった林檎を蹴飛ばす勢いで部屋の奥へ走る。部屋の窓は全て開け放たれていて、満月の光が中央で蹲る一つの影を残酷に照らしていた。
「え……る……?」
「……」
「エル!」
 蹲る彼女に手を伸ばそうとした刹那、私は思い切り壁に叩き付けられた。背中の鈍痛に声にならない悲鳴を上げて蹲った私の上から、ぐるる、と獣の鳴き声が轟いた。
 そう、獣の鳴き声が。
「……!!」
 目の前にいたのは、エルじゃなかった。
 人の顔をした、全身毛むくじゃらの獣だった。赤い瞳が鋭く私を射止め、大きく裂けた口からおぞましい鳴き声が漏れ聞こえる。
「……ゲツロウ……おおかみ……?」
 満月の夜に現われて、人間を襲って食べると言う物語の中の化け物。エルが私を怖がらせようと繰り返し話をした、あの狼人間が私の前にいる。
 狼人間が手を伸ばす。その鋭利な爪を見て、私は必死に首を振った。後ずさりしようにも、壁に追い詰められていてできない。
「いやっ、来ないで、食べないでえっ!」
「……」
「助けて、助けてエル!!!」
 私を守ってくれると約束してくれたエルの存在を求めて、私は彼女の名を呼んだ。
 すると、目の前の狼人間がいきなり咆哮を上げた。頭を殴られたような衝撃に私は顔を上げて……絶句した。
「え」
 泣いている。狼人間が。赤い瞳から止めどなく流れる涙はその毛むくじゃらの体に、床に零れ落ちていく。
 どうして。その問いに答えるように、その口が開いた。
「ごめン、ネ……アル……」
「!!」
 か細い少女の声。間違いなく、エルのものだった。
「わたシ……モウ、いっしょ二、いられ、なイ……」
「エル……エルなのね?! どうしてこんな姿に」
「……ごめん、ネ……さ、ようナラ……幸せに、なッテ」
「エル!!」
 狼人間……エルは踵を返すと、四つん這いになってそのまま開け放たれていた窓へ飛び込んで行った。何度もエルの名前を呼んだけれど、次第に走り去る足音も聞こえなくなって、沈黙だけが残った。


 それから、私はどうやってベッドに潜り込んだのか分からない。目が覚めると、いつもの朝がやってきていた。だけど、隣にエルはいなくて、代わりにエルが荒らしていった部屋の惨状だけが残されていた。私は取りあえず落ちている林檎を一つ一つ拾い上げる作業に徹した。どれもこれも齧っている跡がある。そういえば店長が、林檎を供えてゲツロウの胃を満たすんだって言ってたっけ。人間の血の色と同じそれをかじることで、エルはきっと何かに耐えていたんだ。他の食べ物をたくさん食べるようになったのも、きっと……。
 エルが狼人間……ゲツロウだったなんて。このことを父さんと母さんは知っていたのかな。
 ふと、私は壁に何かが刻まれているのを見つけて足を止めた。歪な文字を一つ一つ読み上げると、一気に涙が込み上げてきた。
「エル……」

『アルは、私が守る』

 きっと、エルは知っていたんだ。自分の正体に。
 いつか自分が、人を食らうゲツロウに変化してしまうことを分かっていて、その時自分が私を食べてしまうんじゃないかって、恐れていたんだ。
 だから、その『自分』から私を守ろうと。

 エルはもう戻って来ない。私、ごめんね、も大好きも伝えられなかった。

片思いの片思い

※男女恋愛ですが、一部男性同士の恋愛を含みます。『追いかける背中』関連話。

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追いかける背中(BL)

※男性同士の恋愛のお話です。が、かなり薄めです。

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