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バベルの迷い人

バベルの迷い人

 たたん、たたん、と。
 螺旋状の階段をリズミカルに登りながら、少女は壁にびっしりと並べられた本の背を撫でていく。時折立ち止まると、その白い細腕に抱かれた本の一つを「本の壁」の隙間に入れる。または、その壁から一冊の本を取り出し、その場に腰掛けて静かに物語を始めるのだ。階段の先に果てはなくとも、物語には必ず終わりがある。ここの『番人』から永久に逃れられない彼女にとって、エンディングが必ず用意されている物語は一時の楽しい世界だった。
「ふふっ」
 物語の中心となっている主人公の少女の、拙いラブストーリーに思わず笑みが浮かぶ。彼女は次にどうやって憧れの先輩にアプローチを仕掛けるのだろう。手作りクッキーも砂糖と塩を間違えるという初歩的なミスをしてしまうし、先輩のお手伝いをしようと彼が所属する部のマネージャーになるものの、ドジばかりして足を引っ張ってしまう不器用な彼女。けれど、諦めないその心は誰よりも負けない光を持っている。
「うんうん、頑張れ、次は上手く行くよ」
 物語の少女に呼びかけながらページを捲った時だった。
 かたん。
「……!」
彼女のエナメルの革靴の下で、微かな音が響いた途端、彼女の中の物語が一旦中断する。真下の音はまだ微かに聞こえてきている。彼女以外の存在だ。
 かんかん、と少女は螺旋階段を下っていく。幸い、底まではそんなに時間がかからない。
 ただ、そこは正確に言うと『底』ではなく、まだ棚に仕舞われていない物語が少女の手によって救い出されるのを待っている場所ーー物語の山だった。
 少女は革靴を脱ぐと、遠慮がちに螺旋階段から下りてその下にあった分厚い本の表紙に足をつける。
「ちょっと、ごめんね」
 物語の表紙たちにそう断りながら進んでいくと、やがて本の中からもぞりと人の形を作り出す影を見つけた。
「……アンタ、誰だ」
 ぼろぼろの布を纏い、こちらに赤い瞳を向けているのは。
「物語、だね、君」
「……ちがう、オレはまだ完成していない」
「そうみたいだね。けれど、もう君には自我があるし、ストーリーも荒いけどちゃんと組み立ててある」
 『物語』の手を取り立ち上がらせてやると、彼は不安そうに辺りを見回した。
「ここは、どこ」
「ここは、物語の集まる世界」
「でも、オレはまだ完成していない。ここに来るのは早過ぎる」
「うん、確かにそうだね。君はどうしてまだ完成していないの」
「語り手が、死んだんだ」
 目を伏せ、悔しそうに唇を噛み締める。
「ずっと前から、オレを見てはため息ばかり、『書けない、もう無理だ、書けない』そんな呪詛を吐き続けるばかりだ。生み出した時はあんなにも楽しそうで、『これならいける』と、あいつにしてはすらすらと筆を動かしてオレを組み立てていたのに……」
「そう」
「呪詛を吐くだけ吐いて、最後は自殺。笑っちまうだろ。オレは物語になれなかった。あの狭い部屋で本になることも構わず意識を失っていく、そんな運命だ」
 彼の言葉に反応したのか、足下の物語達からはらはらと『涙』が零れた。『痛い』『辛い』『悲しい』『切ない』。そんな言葉達が少女と『物語』の足下を埋める。
「ーーううん、そんなこと、そんなことはない。だって、貴方はまだ自我を失っていない、自分が『物語』なのだと自覚している」
 少女は何度も首を振り、物語の頼りない両手をきゅっと握りしめた。
「けど、オレの語り手はもう」
「いいえ、貴方の語り手は死んでいない。眠っているだけ。貴方から逃避しようとしているだけ。だから、貴方が気づかせてあげて」
「オレが?」
「そう。語り手が物語を作るのは当然、その逆だってできる。語り手に、物語である貴方が語りかけるの。どうか、完成させて欲しいと。だから、死なないで、貴方を作れるのはこの世でたった一人、語り手である貴方なのだからと」
 彼の瞳がまん丸に見開かれていく。少女は勇気づけるようにその手に力を込めて、「だいじょうぶ」と囁く。
「わたしの言葉を信じて。そして、貴方の語り手を信じて」
「でも……」
「だいじょうぶ。貴方は必ず完成するわ。見えるもの、貴方が私の手に収まるその瞬間が」
 するりと少女は手を解き、にっこりと可憐な百合のように微笑む。

「だいじょうぶ。貴方を望んでいるひとはたっくさんいる。だから、語る事を、どうか諦めないで」


ーーどれほどの時間、意識を失っていたのだろうか。
 目を覚ますと、目の前には数週間ぶりに開いたパソコンのワードが起動していて、ちょうど主人公がヒロインを追って空を駆けているシーンが展開されていた。
「……夢?」
 随分おかしな夢だった。本が山ほどあって、その中央の螺旋階段から下りてきた見知らぬ少女に励まされる夢。そして励まされているのは、自分……いや、今書いている自分の物語だった。
 別に自殺までするほど思い悩んでいたわけじゃない。ただ、話が進めば進む程最初にあったはずの自信がどんどん消えてなくなってしまい、ついには毎日の習慣にしていた執筆を数週間止めて酒浸りになってしまっただけだった。やっぱり才能なんてなかったんだ、諦めて消してしまおう。そう思っていたのに。
「諦めないで、か」
 自分の『物語』があんなに悲しげな顔をしているのかもしれない。
 そう思ったら、もうデリートキーは押せない。
 そっとキーボードに指を滑らせると、あの少女の笑みが浮かんだ。
『頑張って』
 ああ、そうだ、物語を待ってくれている人がいる。
 それはどこの誰なのかは分からないけれど、少なくても。
 縮こまっていた背中を伸ばし、オレは再び語り出した。
 この世でたった一つの、オレにしか書けない物語を。
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いのちはうみからうまれる

 白い波のカーテンが、少女の剥き出しの裸足を柔らかく包み込む。す、とたちまち引いていくそれを追いかけようとすると、「だめだよ」と幼い声が止めた。
「その先に、行ったら戻って来れないよ」
「……うん」
 長い三つ編みが海風に揺れて、セーラー服の青い襟元から覗く項が露になった。あまりにも細く、触れたら折れてしまいそうな白。いっそ、折れてしまえばいいのに、と少女は自分の首筋を軽く撫でる。
「できっこないよ、あなたには」
 再び幼い声が囁く。分かってる、と少女の白い唇から紡がれた言葉は、大きく轟いた波音に掻き消されていった。

 その腹部に自分とは違う温かな生き物が宿っている。
 そう知った瞬間、少女は薄っぺらい学生鞄を抱きしめ、電車に飛び乗っていた。頭の中にはただ一つ、潮騒の中で屈託なく笑う少年のほっそりとした姿が滲む。
『不器用だなあ』 
 少女をからかいつつも、優しく撫でてくれる彼は海が好きだった。
 学校でその姿を見なくても、ここに来れば必ずあの笑顔に会えた。
 だから、少女は自然とここへ足を運んでしまった。
 けれど。
「会えないよ、もういないもの」
 分かっていた。彼の遺影を少女は確かにこの目で見ていた。彼が大好きだった海に身を投げたのだと、彼の母親が少女の腕の中で泣きじゃくりながら伝えたことも、確かにこの耳で聞いていたのだ。
 彼は海と一緒になった。その形は空気となって溶けた。
 もうその欠片は残っていない。そのはずなのに、彼は少女の中に『生命』を残していたのだった。
「死ぬつもりでいたのなら、一緒に連れて行って欲しかった」
「だめ」
「私の望みは君と同じだったのに」
「だめ」
「どうして、一人でいっちゃったの」
「だめ」
 ひたすらに少女を押しとどめる声は、この世に彼女を止めるたった一つの足かせであり、彼女が大好きだった彼そのものだった。
「……大丈夫、だよ」
「……」
「あなたが生きて、いつかあの人の元へ溶けていくまで、わたしが傍にいてあげる」
 す、と少女はセーラー服の下の『生命』に指を滑らせる。すると、再度声が「大丈夫」と囁いた。
「ひとりぼっちじゃない。ううん、ひとりぼっちなんかにさせない。わたしが、一緒にいるよーーおかあさん」
「……うん」
 少女が瞳から落とした感情の欠片は、彼を飲み込んだ海の奥へと静かに消えていった。

ベガの彼女

七夕だったので。
彼氏視点はピクシブにあります。


ベガの彼女

『今年も君は帰って来ないんだね。つれないな』

 夜空に煌めくアルタイルよりもメールの相手の彼との距離が遠い。乙葉は深々とため息を吐くと、『仕事で忙しいの。分かってるでしょう』と冷静に返信を打った。返信メールをするだけでも、乙葉にとっては十分すぎるほどの愛情表現だというのに、彼女を「君は綺麗だけど、クール過ぎてときどき遠くに感じる」と言う。そんな彼とは今年の秋で六年目の付き合いだ。それでもなお、こんな拗ねた口調のメールを送り続けている彼に、乙葉の気持ちはますます荒れた。
 パソコンの周りに積み上げられた書類の山々は、朝からぶっ通しで取り組んでいるのにも関わらず、一向に減る気配を見せない。気分転換にメールを覗けば恋人からの拗ねたメール。たまったものではない。
(……何の為に頑張ってるのか、わかんなくなってきた)
 ふらりと立ち上がると、そのまま背後にあったシングルベッドに身を投じる。逆さまの視界から見える星々の名前が、恋人の声で再生される。
「アルタイル、ベガ、ベネブ……だっけ」
 気がつけば七月、皮肉にも今日は七日。恋人から付き合わないかと告げられた日だ。織姫になってくれ、とでもいうのかと思ったら、彼は至極真面目な顔で、
「ベガを見上げる度、君を思い出したいんだ。そして、君にはアルタイルを見る度、僕を思い出して欲しい」
「天の川を渡って、デートできるように?」
「そう」
 笑い飛ばそうと思ったのに、真面目な顔を崩さず言うものだから、結局流されるように頷いてしまった、幼い六年前の自分。あの頃は今の位置を夢見て、ひたすら頑張り続けていたものだ。
(そういえば、いつの間にか忙しさばっかり目について、『もっと頑張りたい』って気持ちが全然なかったような気がする)
 自分を応援してくれる恋人が愛おしくて、こうして西の異国に旅立つ前にたくさんの星の名前を教えてもらいながら励んでいた乙葉は、今の乙葉から見ても眩しく、それこそ彼の言う「ベガ」に相応しい光を持っていた。
 じ、とベガからアルタイルへ視線を向ける。あの涼しい湖畔の小屋で一人、小説を書き続ける彼を思うのも、また久方ぶりのことだった。
「あ」
 きらり、と横切った一瞬の軌跡に、思わず乙葉は窓にはりついた。
 もうその光は夜空の闇に消えてしまったけど、乙葉の心にはその欠片がしっかりと宿っていて。
「……ふふっ」
 思わず笑みが浮かぶ。そういえば笑うのも久しぶりだった。
 と、乙葉のパソコンからメールの到着を知らせるオルゴール調のアラーム音が鳴った。見れば、乙葉のアルタイルからの返信メールのようだ。
 タイトルは星が降ってきたよ。目を丸くしつつ内容に目を通す。
『僕のところに星が降ってきたんだ。君は仕事ばかりで空を見上げる暇なんてないんだろうけれど』
最後はいつも通り皮肉めいた一言が付け加えられているが、最初の文章に乙葉の心の欠片が懐かしい気持ちに変化する。
 流れ星が見える度、教えてくれた、あの笑顔を。
 何て打とうか、キーボードを前に少し考えた後、こう打ち込んだ。
『月が、綺麗ね』
 乙葉の部屋からは月は見えないけれど、彼女よりロマンチストな彼はこの言葉の意味を読み取ってくれるはず。ほんの少し甘酸っぱい気持ちで鼓動を鳴らしながら、送信ボタンをクリックした。

ばけもののかみさま


 ころも森の奥にある祠にアイスをお供えすると、お化けに会えるらしい。
 梅雨が明けた途端蒸し暑くなった聡のクラスでは、そんなうわさ話が広がっていた。
「オレの兄ちゃんの友達が見たって」
「何か真っ白でもやもや〜ってしてるらしいよ」
「あそこ不気味だよな、いかにも出そうだし」
「なあなあ、今度オレらも行って確かめてみようぜ!」

「あ、聡は泣き虫で恐がりだから無理だよな」

 聡の顔を覗き込み、クラスで一番体の大きい剛がにやにやと挑発的な笑みを浮かべる。既にうわさ話を聞いた時点で聡の中の「弱虫」は悲鳴を上げて涙を零していたのだが、体格の違い以外は、成績も運動もほぼ同じくらいできるライバルでありいつも何かと突っかかってくる剛に馬鹿にされては聡も黙ってはいられない。
「む、無理じゃない!」
「はいはい、強がんなって」
「本当だ!」
「ふーん、そんなに言うならお前一人で行ってこいよ。ま、できるわけねえけど」
「できる!」
 
 あの時何故意地を張ってしまったんだろう。
 がくがく震える足、かさかさ揺れる聡の右手にあるビニール袋、ぶるぶる振動する目尻の涙。正直、祠どころか、森に入れただけでも聡的には御の字だと言える。聡が大嫌いな肝試し大会だって、奥の祠まで行ったことなどないというのに。
 森の闇は小さな聡をぱっくりと頭から噛み付いてやろうと口を開けて待っている。
「こわ、い……」
 思わずそんな弱音が零れても、返事をするのは不気味なフクロウの声と風の音だけだ。
 やっぱり無理だ。聡は母親の目を盗んで家から持ってきた棒アイスの入ったビニール袋を抱きしめて思う。これ以上先に進んだら、お化けに会うどころか、家に戻れないような気がして、進みたくない。
 と。
「きみ、ここで何してるの?」
「!! わあ!」
 柔らかな子どもの声がいきなり真後ろから聞こえてきて、聡は尻餅をついた。
「大丈夫?」
 そう言って目の前にしゃがみ込んだのは、白い長髪を靡かせた着物姿の子どもだった。ちょうど現われた月明かりに照らされ、子どもの瞳の琥珀色が聡を慰めるように煌めき、着物の袖で半分以上隠れた手のひらが差し出される。
「あ、き、みは、だれ……?」
 上擦った声で子どもの手のひらを取ると、その冷たさに聡は身を震わせた。けれど、子どもの瞳はどこか親しみを感じてさほど恐怖を感じることはなかった。
 子どもは聡の問いかけににっこりし、
「ほこらに、用事があるんでしょ? 僕が案内してあげる」
「えっ」
「と、言っても、すぐそこにあるんだけどね。ほら」
 子どもが聡の手を離し、背後の茂みをがさごそと揺らすと、そこには薄っぺらく古ぼけた板で造られた、何とも簡素なミニチュア祠がちんまりとあった。
「何、これ」
「ほこらだよ。本当のほこらはこれなんだ。みんな、間違ったほこらにばかりお供えするものだから、いつもがっかりしてたんだ」
 子どもが切なげに微笑む。
「ねえ、ここには何が住んでいるか、君は知ってる?」
「え? ……おばけ?」
「うーん、半分正解。でもね、半分は違う。半分は神様なんだ」
「かみ、さま?」
「そう。おばけという存在でありながら、時には人間に救いを求められ、手助けしてきた神様。昔はね、これでも結構大事にされてきたんだけど……今じゃこの有様でね。それどころか疫病神がいるんじゃないかって言い出した人もいて、勝手に奥にほこらを造っちゃって。お陰でお供え物は全部そっち行きさ」
 迷惑な話だよね、と子どもは不満げに唇を尖らせる。
「だから、君だけでも覚えていて欲しい。ここに小さなほこらがあって、おばけみたいな神様が住んでいたこと。それだけで幸せなんだ」
「おばけみたいな神様……が」
「うん。そうしてくれたら、君にもすこぉしだけいいことをしてあげられる、かも」
 かさり、と自分で揺らしてようやくビニール袋の存在に気づいた聡は、おずおずとその小さなほこらの前にそれを供えた。
「それはなあに?」
「アイス……おそなえしたら、おばけがでてくるんだってうわさがあって……」
「おばけだなんてひどいなあ。神様でもあるのに」
「……でも、君、怖くないね。半分おばけなのに」
「そうかな? それは今この姿だからだと思うよ。本当はねーー」
 と、唐突に辺りが暗くなり、聡はびっくりして周囲を見回した。
 風音が強くなり、フクロウが慌てて飛び去る音も続いた。そして。
 聡は目の前の子どもの変化に気づき、固まった。
 聡の顔程もある巨大な獣の手、鋭い爪、尖った鼻、ぎんぎらと鋭く光る金色の瞳。にたあ、と笑うその顔は、女性の形をした化け物であった。
「わあああああああっ!」
 一目散に聡は駆け出した。どこへ走るかなんて考える余裕などなく、ただひたすらに走った。

「……折角お供えをしてもらったが、所詮化け物と人は分かり合えぬ。必然ではなく、偶然、百年に一度くらい出会うのがちょうどいいのじゃ。悪いのう、少年。それがお互いのためじゃ」
 どこか寂しげな少女の声と共に、しゃくり、と氷が溶ける音が夜の闇に響いた。

 聡の話は、剛を初めとする仲間に信じられることはなく、結局馬鹿にされて終わったのだが。
 その年の肝試し大会は何故か台風並みの土砂降りのせいで中止となって、剛が悔しがる横で聡がほっとすることになったのは、また別の話だ。
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