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ふたりぼっちハピネス(※不定期更新/最終更新日:11/21)

※ねこみみっこと夫婦でほのぼのしてるのが書きたいという衝動で書いてます。ので荒っぽい仕様。
更新したら雑記でお知らせします。
「猫人」と呼ばれるミサオと人間のキイチロウのお話。



1
「おはようございます、キイチロウさん」
 ゆさゆさと心地よいリズムと共にちりん、と涼しげな音色が寝起きの耳に流れ込んで来た。その和やかな音色を聞くと、僕は自分がこの世でひどく幸福な人間なのだと実感する。誰かが傍にいる、ささやかな幸せ。それは「普通」とはかけ離れた生活ではあるけれど、幸せは幸せだ。
「もう、キイチロウさん、起きてるのは分かってるんですよう」
 ふにふに、とくすぐったくて柔らかいものが僕の頬をノックする。その彼女の愛らしい動作に唇を緩めて、その愛しい顔を見る為に瞼を上げた。
「おはよう、ミサオ」

 彼女、ミサオと暮らし始めて二ヶ月目。
 二ヶ月前、僕もミサオもお互いどん底に足を突っ込んでいて、光のない世界に閉じこもっていた。僕は信頼していた人からの裏切り、リストラで、ミサオは最愛の恋人を失い、独りぼっちのままこの世から消え去ろうとしていた。
 そんな崖っぷちで、僕らは互いの存在に気づいて。
 さらに互いの欠けた部位がぴったりくっついたことで、僕らはお互いを欲した。

「ほら、キイチロウさん、食べてくださいな」
 ミサオが寝ぼけ眼でワイドショーを映すテレビを見つめる僕を急かす。
 今日はワカメのみそ汁にサバの照り焼き、彼女の母親の味だと言う青菜のおひたし、そして玄米。和風料理が得意な彼女の定番朝メニュー。
 今日も僕に速く食べてもらいたいんだろう。そんな彼女のわくわくする気持ちに反応してゆらゆら揺れる、割烹着下から覗く白い尻尾。ちりんちりん、と鳴っているのは、その尻尾の先に付けた「結婚指輪」代わりの白い鈴だ。

 ミサオは「猫人(びょうれん)」と呼ばれる猫と人の混合種だ。その歴史は謎に包まれていて、何故彼らが誕生したのかまだ解明が進んでいない。猫の耳に尻尾などの特徴から差別などの問題もあったものの、現在は一応「ヒト」に分類されている。
 けど、彼らと僕らヒトの結婚は現在の法律で認められていない。もし子どもを授かっても、遺伝的に異常を持つ可能性が高いためだ。だから「猫人」は「猫人」同士としか恋愛も結婚もできない。それが当たり前の世の中だから、僕らは誰にも祝福されないまま結婚した。お互いの両親に黙ったまま、数少ない友人も騙してまで、一緒になったんだ。
 籍を入れる事はできない。子どもを授かったとしても、安易に病院に行けない。
 それどころか、夫婦らしく寄り添って歩く事さえも、本来は憚れる。
 それでもミサオは普通のヒトを装い、その純白の耳や尻尾を服の下に隠すという苦行を強いられながら、夫の僕と常に行動を共にしたがる。そのいじらしさに、隣を歩く僕はいつも鼻の奥がつん、とする。
「キイチロウさん、今日のアルバイトの終わりはいつも通りですか?」
「ああ。今日も時計塔で待ち合わせしよう。そして君に会えなかった時間分、とびきり素敵なデートをしようじゃないか」
 僕がからかうように提案すると、彼女は丸っこくて青い瞳を細めて嬉しそうに頷いた。
「はいっ、わたし、楽しみにしてますね」

「ずっといっしょ」あのどん底の闇の中で、僕らはそう約束したから。

(13/5/31 更新)

2

 彼女の足が唐突に止まったのは、とあるショーウインドウの前だった。僕同様に両手にぱんぱんのスーパーの袋をぶら下げ、その愛らしい青い瞳を熱心にショーウインドウ先に煌めくものに向けている。
「ミサオ?」
「……」
「ねえ、ミサオってば」
「あっ」
 僕がその小さな肩を叩いて呼びかけると、まるで悪い事をしでかした子どものように肩を縮こまらせて、その小さな眉を下げて僕を見上げてきた。
「ご、ごめんなさい、キイチロウさん、私」
「分かってる、このドレスを見ていたんだよね。いいんだよ、ゆっくり見て。……そっか、六月だからブライダル特集で出てるんだね」
 ショーウインドウの華やかなウエディングドレスは、男の僕の目から見ても眩しく、思わずため息を吐いてしまうほど美しかった。最近は様々な形態のドレスがあるようで、見れば見る程迷ってしまいそうだ。でもやっぱり、どのドレスにも「トクベツ感」が漂っている。
 と、ドレスに見入っていた僕の腕をくいくいと控えめにミサオが引っ張った。
「ミサオ? もういいのかい」
「はい。見ていたら……ちょっと悲しくなってしまったので」
 早く行きましょう、と彼女が僕よりも先に歩き出したので、慌ててその小さな背中を追いかけた。
 隣に並んで歩いてみると、彼女の横顔が切なげな色を浮かべているのが見えて、僕もつられて悲しくなった。
 僕らは夫婦だけれど、人と猫人という世間では認められない関係だから、堂々と戸籍を入れる事も、結婚式を挙げる事もできない。せめてドレスだけでも着せてやりたいけど、二人でお店に入ったらいつ僕らの異端な関係を人々が白んだ目で見てくるかもしれない。かと言って、ミサオ一人に着てきてもいいよ、と言っても彼女はうんと言わないだろう。独りぼっちの花嫁さんは寂しいし、僕自身もミサオの花嫁姿は見たい。
 現実の辛さに頭を悩ませる僕の目に、とあるものが映った。その途端、あるひらめきが浮かぶ。
「ミサオ、僕忘れ物を思い出したから、時計塔のところに行って待っていてくれないか」
「え、ええ、いいですよ」
 驚きながらも承諾してくれた彼女に微笑みを残すと、僕は彼女に見つからないよう、目的地に向かって走り出した。

 目的のものを両手一杯に抱え、スーパーの袋を両腕に引っ掛けた僕は、周りから一斉に視線を集めながら何とか約束の時計塔に辿り着いた。その真下で素直に待ってくれていたミサオが僕に気づくと、その目がまん丸に見開かれた。
「キイチロウさん、それ……きゃっ」
 彼女がきゅっと目をつぶるのにも構わず、僕は胸に抱えてたそれをふわりと彼女の上に振りまいた。ほわん、と香るその匂いに彼女がぱちくりと目を開けて、満足げに笑う僕をきょとんと見つめた。
「キイチロウさん、これ……」
「綺麗だよ、ミサオ」
 真っ白なツツジの花を頭や肩、薄手の白いカーディガンに鏤めたその姿は、まるでショーウインドウのウエディングドレスを着ているかのように眩しかった。傍を通りかかった、母親と手を繋いだ男の子がミサオを指して「お姉ちゃん、きれい」と零したのを見て、僕はその子ににっこりと微笑みかけた。
「綺麗だろう、僕のお嫁さんなんだ」
「っキイチロウさん……」
 彼女の小さな手が、僕のジャケットの端をちょこん、と掴む。覗き込んだその顔はこれ以上にないくらい赤く染まっていたけれど、嬉しそうに綻んでいて。
 僕はまた一つ、彼女との幸せの欠片を手に入れたような、そんな気がした。

(13/6/7 更新)


3

 冷たい世界にひとり、取り残されてしまったかのようで。
 あのひとを失ってからの自分のことは、曖昧模糊で途切れ途切れにしか思い出せない。

「ミサオ姉さん、もう止めて」
「……」
「姉さんっ」
 弟のソラが私から「それ」を取り上げようとすると、私は癇癪を起こして泣き叫んだという。家族はみんな私が暴れないように「それ」を持たせたままにしてくれていたけれど、ソラはきっと「それ」を抱く空虚な私が許せなかったんだと思う。私が何度暴れても、「それ」を取り上げようとすることを止めなかった。
「姉さん、しっかりして。あの人はもういないんだ」
「……」
「お願い、元の姉さんに戻ってよ。こんな姉さん、あの人だって望んでいなかったはずだ」
「……」
「ミサオ姉さん……僕が守るから、だからっ」
 私を抱きしめるソラのぬくもりだけは、ちゃんと覚えている。
 あんなに小さかったあの子は、私をすっぽり覆える程に大きく逞しく成長していて。小さい頃、親に代わってよく面倒を見ていた姉として、嬉しかったなあ。それでいて、親よりも口うるさかった私の傍にずっといて、いつも和ませてくれていた。
 あの人と出会う前も、あの人が死んでからも、ずっと。
 ソラは最後まで私のことを慕ってくれていた。

 私は、そんなソラのことを結局裏切り続けてしまったけれど、今でも愛している。世界で何処を探しても、私の弟はソラだけだから。たとえ、ソラがヒトと結ばれた私を嫌悪していても。
 あなたの幸せを、あなたのいない世界で願い続けるから。


「ーーミサオ? どうかした?」
 キイチロウさんの怪訝そうな声で、私はようやく我に返った。戸棚に仕舞っていた家族の写真を見ていたら、つい物思いに耽ってしまっていたらしい。
 それはまだ私たち姉弟が幼い子どもの頃、家族と映した写真。結局、これだけしか持ってくることができなかったから、あの逞しい弟の姿はあの悲しい思い出と共に曖昧になっていってしまっている。もう一度会えたら嬉しいけれど、それはできない。私は、キイチロウさんを選んだんだから。
「ううん、何でも無いの。すぐ、ご飯にするね」
 私は戸棚にしっかり鍵を閉めると、一番愛おしい人に向き直った。

(13/6/14 更新)

4
猫人(びょうれん)の結婚の証は、指輪ではなく鈴である。それをお互いの尾に括り付けてその涼やかな音色を響かせることで、相手への愛を示すのだと言う。独特の風習として度々テレビ等で取り上げられていたから、ミサオと結婚すると決めた時、僕も彼女には指輪ではなく鈴を贈ろうと決めていた。
「ミサオ、君に似合う鈴を一緒に買いに行こう」
 僕の誘いにミサオは白い頬を桃色に染めて喜んだが、いざ買いに行く日になると、何故か浮かない顔でため息を吐いていた。その日はお互いの記念日でもあり、鈴を買いに行く他にたくさん祝おうと予定していたのに、何故ミサオの表情が曇っているのか、僕は不思議でしょうがなかった。
「ミサオ、どうかしたのかい」
「っ、いえ、だ、大丈夫。いきましょう、キイチロウさん」
 僕に心配かけまいと笑みを浮かべて手を繋ぐミサオだけど、歩き始めるとやっぱり表情に陰りがあって。僕は徐に彼女の手を引いて、シャッターが閉まっている店先のところまで走って行った。その日はしとしとと小雨が降っていたから、彼女のお気に入りの水色のパンプスはすっかり水気を吸っていた。
「き、キイチロウさん、急にどうしたんですか」
「ちょっと、休憩」
「休憩、ですか」
 小首を傾げて傘を畳む彼女に、僕はさり気なく尋ねた。
「ねえ、どうしてそんなに元気がないの?」
「え、そ、そんなことないですよ?」
「……君はそう言うけど、僕にはそうは見えないんだ。何か、君の気持ちを陰らせるものがあるのなら、僕が何とかしてあげたいんだ」
 頼む、と彼女の指をきゅっと握りしめながら懇願すると、彼女が諦めたようにため息を吐いた。
「……キイチロウさんには、隠し事、できないですね」
「元々隠し事なんて、つれないことしないでくれ。ミサオのことなら何でも知りたいんだから」
「……そう、ですね。貴方にはお話しなきゃいけないことでもありますし」
 彼女が打ち明けてくれたのは、一つの真っ白な鈴のこと。
 その日も彼女の白いワンピースの中にこっそり忍ばせてあって、大事そうに花柄のハンカチに包まれていた。
「これは、『あの人』が持っていた、結び鈴、なんです」
「結び鈴……つまり、婚約の」
「はい。私に渡すつもりだったんでしょう。けど、結局それは彼の死後、遺品として私のもとにやってきました」
 長い睫毛を揺らし、ミサオが白い唇を歪める。
「これが、ううん、これだけが私の全てでした。彼が遺してくれた愛の証だから。だけど、それは同時に私に冷たい足かせとなって、真っ暗な世界に閉じ込めるきっかけにもなってしまった」
「……」
「キイチロウさんと出会って、この鈴から思いが離れている時もずいぶん増えました。あなたから鈴を貰えると聞いて、すごく嬉しかった。けれど、同時にこの鈴が……あの人の思いが私を責めるんです。ミサオ、お前は彼を愛していないのかって」
 そんなことない。ミサオは首を振って訴える。僕と歩む道を選んでも、亡くなった彼を思わずにはいられない。そのことで僕を不安にさせるんじゃないかと訴えたこともあったけど、僕はそれでもいいと答えた。けれど、この結び鈴の存在が、再度彼女を不安にさせてしまったんだろう。僕と彼、どちらに対しても不誠実ではないのかと。
「鈴を手放すことも考えました。けど、私を最期まで思い続けてくれた彼の魂を捨ててしまうような、そんな気がしてしまって」
「……そうか」
 僕は雨空を見上げ、顔も知らないミサオの「思い人」のことを考えた。
 僕が彼だったらどう思うか。もちろん、ミサオが他の人と一緒になるのは寂しいけれど、彼女に幸せになってもらいたいのなら……そして、ミサオ自身が納得できる形にするにはどうしたらいいのだろうと。
 と、僕は空から降ってきたその思いを唇に乗せた。
「ねえ、ミサオ。その鈴を僕にくれないか」
「え」
「僕から君へ結び鈴を贈るとき、君からも僕に指輪を渡すことになるだろう。その指輪の代わりに、君の……君の大切だった人の鈴を僕に贈って欲しいんだ」
「キイチロウさんに、これを……でも」
 戸惑うミサオに、僕は屈んでその愛らしい瞳を覗き込んだ。
「君はこんな僕と歩んでくれると決めてくれた。その代わりに、僕も君の全てを受け入れると、約束したよね。君の中にはその大切な存在が根強くある。それはきっと、これから先も君の中から消えることはないと思うんだ。だから、君の隣を歩むものとして、君の彼への思いを、僕もこの中に持って生きて行きたいんだ」
「キイチロウさん……」
「君が大切に思う人は、僕にとっても大切なんだ」
 そっとその鈴を持つ彼女の手のひらに自分のそれを重ねると、りん、と透き通った音色が響き渡った。
「……きっと、あの人も、それを許してくれると思います。……彼もかつて、貴方と同じ事を言ってくれたから。君にとっての大切な人は、僕にとっても大切だって」
「そう。きっと、彼と僕は似たもの同士かもしれないね」
「……はい」
 雨は徐々に弱くなっている。止んだら行こうかと囁くと、彼女ははにかみながらゆっくりと頷いてくれた。

(13/06/21更新)

5

「はくちゅん」
 僕が部屋に入ると、途端に布団の中のミサオがくしゃみをした。おでこに濡れタオルを乗せたミサオの顔色は相変わらず良くない。小さな唇から溢れる荒い吐息があまりにも苦しそうで、僕は持っていたお盆を近くのテーブルに置くと、そっと彼女の頭を撫でた。
「ん、キイチロウ、さん?」
 ぱち、と彼女の金色の瞳が開かれる。
「ああ、ごめん、起こしちゃった?」
「いえ……眠るのにも飽きてしまったのでちょうど良かったです……けほっ」
「だめだよ、寝てなきゃ」
 体を起こそうとして咳き込んだミサオの体を慌てて布団に押し戻すと、目尻に涙を浮かべながらもぞもぞと大人しく布団の中に戻った。
「はあ……本当にごめんなさい、キイチロウさん……折角のお休みなのに私なんかの看病をさせてしまって」
「むしろ僕が休みの時で良かったじゃないか。風邪を引いたミサオを一人で家に置いて仕事するなら、僕はいくらでもミサオの看病をするよ」
「……ありがとう、キイチロウさん」
「それより、お腹空かない? お粥作ったから食べてよ」
「え、キイチロウさんが、ですか……?」
 器を乗せたお盆をミサオの前に差し出すと、ミサオはその瞳をまん丸にして僕と粥の入った器を見比べる。
「キイチロウさんって……お料理できましたっけ?」
「料理をしたのは今回ので三回目かな?」
「ええっ」
「大丈夫、焦がさなかったし変な味付けもしてない。それにミサオは猫舌だからちゃんと冷ましてもあるよ。それとも僕の料理じゃ不安かい?」
「い、いえ……」
 ぷるぷると頭を振る彼女だけど、不安そうに眉を寄せている。まあ、そうだよね。僕は料理以外でも不器用だからすぐに怪我をするし。そのせいで家事一切は全部ミサオに任せている状態だ。
「大丈夫、僕を信じて、ミサオ。ほら」
 蓋を開けて中身を見せると、ミサオはスプーンを握る代わりに蓋を掴んだ僕の手を引き寄せた。
「わ、ミサオ」
「やっぱり、こんなに怪我をしてるじゃないですか……」
 唇をきゅっと突き出してミサオが僕の両手指全てに巻かれた絆創膏を指す。
「あはは……やっぱりミサオみたいに上手くいかなくてね……でも、ほら、お粥はちゃんと綺麗にできているだろう?」
「確かに、お粥はとっても美味しそうだけど……」
「ね、せっかく作ったんだ、食べてよ、ミサオ」
「もう、キイチロウさんったら……」
 ミサオが呆れ顔でため息を吐く。だけど思い直したようにスプーンを手に取ってくれた。そっとお粥を掬い取るとふーっと小さく息を吹きかけて小さな唇を開く。
「……美味しいです。熱くないし……」
「良かった~……頑張って作った甲斐があったよ」
 安堵して頬を緩める僕に、ミサオはもぐもぐとお粥を咀嚼しながらまた絆創膏だらけの僕の手を取った。
「でも、今度は無理して料理しちゃダメですよ? しても、私の目の届くところでやってくださいな」
「うん、そうだね……つくづく僕は料理に向かない人間だと実感したよ」
「……でも、本当に美味しいから、練習すれば上手くなるかもしれませんね。キイチロウさん、一生懸命だし……そうだ、じゃあ今度の金曜日は二人でお料理を作りましょう? 元々その日はたくさんお料理を作る予定でしたし」
「金曜日? 何かあったっけ?」
 確かに翌日は休みだし、ミサオが一緒なら少し安心して料理できるかもしれないけど……たくさん料理を作るような日だったろうか。僕やミサオの誕生日でもないし、結婚記念日だってまだ一年も経ってないし……。
 首を捻る僕に、ミサオはにっこり笑ってカレンダーを指差した。
「ほら、今度の金曜日は二十二日でしょう? 十一月の二十二日は語呂合わせで『いい夫婦の日』なんです」
「……あ、ホントだ。全然意識しなかったから気づかなかった」
「私たち結婚記念日もまだですし、お互いの誕生日もまだまだ先だから、結婚してから何かお祝い事できないかなってずっと考えていて……そしたらお店の宣伝で『いい夫婦の日』だって聞いたんです。だからその日は美味しいものをたぁっくさん作ろうと思ったんですよ」
 にこにこと嬉しそうに語るミサオ。
 確かに結婚してから何かお祝いしたことは特になかった。ただミサオと共にいられるだけで僕にとっては十分だと思っていたから、そのことに関して特に考えたことはなかったけれど……ミサオがやってみたいことならば、僕もその喜びを共有したい。
「じゃあ、ベタだけど、ケーキでも作ろうか」
「ケーキ、ですか?」
「うん。僕、お祝いでケーキを食べるって経験がないからね。ちょっと憧れだったんだ」
「キイチロウさん……」
 ああ、そんな顔をしないでくれ、ミサオ。過去は消せないけれど、今の僕は君がいるから大丈夫だ。
 そんな想いを込めて微笑むと、僕はミサオの頭を撫でた。
「とびきり大きなケーキを作ろう。二人じゃ食べきれないくらいのサイズをね」
「……ふふっ、楽しそうですね。余ったらお隣さんにお裾分けしてもいいですし」
「ああ、それもいいかもね。普段貰ってばかりだから、こういう時こそお返ししなくちゃね。……それにはまず、君が風邪を治さなきゃ」
「っはい」
 懸命にお粥を食べ始めたミサオの横顔を眺めながら、僕は今度の金曜日、彼女と共に作るケーキを想像する。

(13/12/1更新)

6

「キイチロウさんは、働き過ぎなんです」
 僕の右脇からさっと銀色の体温計を取り出したミサオは、いつもより少し強気に目を吊り上げながらそう告げた。
「そうかなあ」
「そうです。ほら、体温計見て下さい。三十九度ですよ、三十九度。これはもう、神様が『今日はたっぷりおやすみなさい』と言っているのと同じ事です」
「うーん……今日のミサオはとっても頼もしいというか……ちょっと怖く感じるよ……」
「キイチロウさん」
「……病院の予約、取らなくちゃね」
「安心して下さい、さっき私が取りました。一時間後に来て下さいですって。私も一緒に行きますから、出発まで寝ていて下さいね」
「え、き、君も来るの?」
 つんと顔を澄ましながら体温計を救急箱に戻すミサオの言葉に、僕の声が思わず裏返る。するとミサオは「当たり前です」と僕の鼻を突いた。
「弱っているキイチロウさんを放っておけません。ふらふらしてその辺りの電柱にぶつかって気絶されたら大変ですから」
「ひどいなあ、そんなドジはしないよ」
「でも心配ですから」
 彼女が絞った濡れタオルが額にそっと乗せられたかと思うと、そのまま視界を彼女の温かな手のひらで覆われた。
「とりあえず、今は寝て下さい」
「……落ち着かないな、平日に休むなんて」
「たまにはいいじゃないですか」
 気持ち、ミサオの声が弾んでいるように感じるのは、熱のせいだろうか。
 この暮らしを成立させるために基本的にずっと働き詰めだからなあ、しかもここのところ、仕事を覚えてきたせいでたくさん頼まれごとをされるようにもなって、残業も増えた。ミサオに構う暇がなくなっていたのは事実だ。
「キイチロウさんが私との生活の為に頑張ってくれているのは分かっています。けど、たまには……病気の時くらい、キイチロウさんの時間を私に独占させてくれませんか?」
「……そう、だね」
「……」
「……ねえ、ミサオ、顔が見たいから、手、外してくれる?」
「ダメです。私、今すごく恥ずかしいことを言って顔が真っ赤になってますから」
「そういうミサオの顔、僕すっごく見たいんだけど」
「……キイチロウさん、意地悪です。早く、寝て下さい」
「嫌だ。君が見せてくれるまで寝ないよ」
「もう」
 ミサオの焦った声がどことなく色っぽくてどきどきする。これも熱のせいだろうか。
 結局僕はそのまま眠ることなく、膨れっ面の彼女に「ばか」と言われながら病院へ向かったのだった。その時の僕の顔と言ったら、病人とは思えないくらいだらしなく頬を緩ませていたとミサオが言っていた。

(14/2/2更新)

7

 温かくて優しい太陽の光をたくさん取り込んだふわふわのお布団を取り込み、お部屋に戻ると、読書をしていたキイチロウさんがこてんと琥珀色のちゃぶ台に頬を付けてすやすやと眠っていた。
「……まあ」
 思わず大きな声が漏れてしまったので、慌てて手で押さえつつ、そっと眠るキイチロウさんの顔を覗き込む。好きな作家さんの新刊がようやく読めると朝から喜んでいたキイチロウさん。わたしのお昼ご飯の準備が整いましたよ、の声にも反応せずお話にのめり込んでいた彼だったのに。本は残り数ページを残した状態でキイチロウさんの右手によって留められていた。
「無理も、ないか」
 キイチロウさん、最近アルバイト先が忙しいんだって言ってた。人手不足だし、今は商戦の時期だからって。身内が経営する、本当に限られたお客さんしか来ない喫茶店でしか働いたことのないわたしにはその大変さが理解できない。それはちょっぴり悲しいことだけど、キイチロウさんがここまで頑張ってくれるのはわたしとの生活を維持するためだと知っているから、わたしはそんなキイチロウさんのために温かい家庭を維持するんだ。
 でも、大好きな本を読み切る前に眠ってしまうなんて、相当疲れが溜まっている証拠かも。
 ううん、以前からキイチロウさんが疲れているのをわたしも感じていた。だから本人に言ったこともある。疲れてない? たまには休んだっていいんじゃないのかなって。
『僕が疲れてるって? そんなことないよ、これくらいで根を上げてちゃ働き手として失格だよ。僕は大丈夫、心配しないで、ミサオ』
 あんなこと言ってたのに……やっぱり無理をしてたんだね、キイチロウさん。
 何事にも真面目で誠実な彼は、アルバイトとはいえ、きっと色んな人にとって欠かせない存在になっているはず。現にわたしだってキイチロウさんがいなければダメな人の一人だ。誰にも迷惑かけないようにと一生懸命になる気持ちは分かる。だけど。
「わたしの前では、疲れてる姿をもっと見せてくれてもいいのに……」
 ぽつりとわたしが呟くと、キイチロウさんがううん、と身じろぎをした。一瞬起きてしまったのかと思ったけど、また再び安らかな寝息を立て始めたのでほっとする。
「……ふふっ」
 疲れがどのくらいあるのかは心配だけど、普段見せないキイチロウさんの寝顔、見られて嬉しいな。わたしよりずっと大人で凛々しいイメージの彼だけど、寝ている時は無邪気な子どもと一緒。キイチロウさんとの子どもも、やっぱりキイチロウさんに似て欲しいなあ、なんて、まだそんな未来は見えないけど。
「ゆっくり休んで下さいね、キイチロウさん。美味しいご飯、今日も頑張ります」
 眠る彼にそっと囁いて、わたしは持っていたぽかぽかのお布団を彼に掛けてあげた。これで更にいい夢が見られますように。そんな願いを込めて彼の額を撫でると、ふっと彼の唇に微笑みが浮かんだ。

(14/11/21更新)
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イイナヅケのイモウト(追記にアフター)

※ピクシブで開催されていました、創作SSライトノベル杯で出したものと同じです。
ピクシブ掲載ページはこちら→「イイナヅケのイモウト」/ http://www.pixiv.net/novel/show.php?id=2107875(※向こうでのハンドルははとこ(原田)になっております。また、二次創作も投稿していますので、苦手な方はご注意下さい)

それは俺らが「トクベツ」なのだと、主張したいがための言葉だった。
 俺とあいつを表す、シンプルな五文字。
 じゃあ、あいつの隣でむくれていた小さなそいつと俺を表す言葉は、何だ。
 今更すぎる問いを、俺は小さな背中を追いかけながら考えている。


イイナヅケのイモウト


 気まぐれな北風が剥き出しの膝小僧を撫でると、新(あらた)が太ももを摩りあわせた。黒靴下と短パンの間の肌はほんのり赤く、見ている方も寒い。長ズボン履けばいいのに、無理しやがって。俺の心の声が聞こえたのか、新がこちらを見上げて睨んだ。
「言いたいことがあれば言えば」
「長ズボン履けば」
「長ズボンはみんな穴が空いて使い物にならないんだよ、誰かのせいで」
「まあ、お古だしな。よし、ここは俺が奮発して」
「いらない」
「即答かい」
 可愛くない、と呟けば、新がむぅと唇を窄める。怒ってるんだろうけど、笑わせようとしているようにしか見えない。首に巻いていた赤マフラーを解くと、小さな首にくるりと巻いてやった。新が「いらない」と口を開く前に退散だ。
「捨てんなよ、それ、母ちゃんからの誕生日プレゼントなんだからな」
 氷のような酸素を吸い込みながら、俺は朝の通学路を突っ走った。もし隣に歩がいたら、にししと前歯を見せながら笑ってるんだろうか。いや、きっとあいつのことだ、今も透明な体で俺の後をニコニコしながら付いてきていそうだ。
 俺たちは、「イイナヅケ」同士だから。


 俺と歩たち兄妹は隣の家同士の幼馴染みだ。元々俺の母ちゃんと歩の母ちゃんは幼馴染みで姉妹のように仲がいい。そんな二人が合わせたかの様に同じ時期に妊娠した。そんなお揃いのアクセサリーでも持つみたいに簡単にできるわけがないと思うかもしれないが、マジな話だから運命ってのは不思議だ。
 同時に宿った命を眺め、母ちゃんたちは空想した。みーちゃんの子が男の子だったら、私は女の子がいいな。いいね、将来、その子達が結婚してくれたらいいな。
 お腹の子の意見も性別も無視して、遊びのような約束を交わして数ヶ月後。先に生まれたみーちゃんの子が俺こと良太で、その後に生まれてきた歩は男だった。
 どちらかが女だったら「許婚」になっていたのかもしれないんだよ。幼い俺に母ちゃんが楽しげに教えてくれた。
「ぼくたち、イイナヅケ、だったんだって」
「なあに? それ」
「けっこんをやくそくしたことだって。でも、どっちもおんなのこじゃないから、けっこんできないって」
「イイナヅケかあ、なんかかっこいいね」 
「うん、ぼくらはイイナヅケだねっ」
 その時から、俺と歩は「イイナヅケ」という名の親友になった。本来そんな意味なんてないが、兄弟みたいに育っていつも一緒にいるあいつと俺はお互いのことなら何でも分かっていたから、どちらかが女だったら本当に結婚していたかもしれないくらい、お互いが好きだった。勿論、親友という意味で、だが。
 歩は走るのも遅いし体も弱かったが、いつも笑顔で周囲を照らしてくれる奴だった。歩といると、どんなに凹んでいても前向きになれるから、俺は歩に大分助けられていたと思う。その分、体力がない歩を数ヶ月兄貴である俺が守ってやらなきゃって思ってた。
 そんな俺たちを、いつも横目にじとっと見つめる奴が一人。顔は歩そっくり、でも性格は全然違って意地っ張りな、ちっこい体。三つ下の妹、新だ。
「あゆむは、りょうたのおひめさまなの?」
 つっけんどんな口調でそんなことを問う、当時幼稚園児だった新に、俺たちは同時に噴き出した。
「ちがうよ、ぼくは王子さまで」
「どこがだよ、はしるとすぐつかれる王子なんてかっこわりいじゃん」
「あはは、そうかも」
 いつもの調子の俺たちに、新は桜色の唇を窄めたまま冷たい視線を向けていた。兄貴が可愛い盛りの妹より「イイナヅケ」である俺にべったりなのが癪に障ったんだろう。実際、新はずっと歩を呼び捨てにしていたし、歩が笑いかけても新だけは不機嫌そうにそっぽを向くばかりだった。噛み合ない兄妹に、俺は密かに「こいつら、仲悪過ぎじゃね」と余計な心配をしていたもんだ。


「僕がいなくなったら、良太が新の兄貴として、あの子のこと見ていて欲しい」
 病室で神妙な顔で言う歩に、俺は熱でもあるのかと笑い飛ばそうとした。けど、歩は笑うこともなく、
「僕の代わりは良太しかいない。新のこと、よろしくね」
「何言ってんだ。そんなこと言う暇あったら良くなれよ」
「ごめん、どうしても、言っておきたくて」
「それに、新の兄貴はお前だけだ。代わりとか言うんじゃねえ。怒るぞ」
「どうして。僕らは「イイナヅケ」だろう? 僕の妹は、良太、君の妹でもある。お願い。男同士の、約束」
 それが最後の、歩の新への思いを聞いた瞬間だった。


 学校が終わると、真っ先に近所の小学校の校門に急ぐ。ランドセル集団から離れて歩く黒いランドセルの新を見つけると、俺は手を振った。
「よ、新!」
 だが、新は華麗にスルー。ま、いつものことだから、構わずあいつの背中を追いかける。
 今日はどこに行くのか。それは新次第だが、大体予想はできる。あ、今そこの角を曲がった。じゃ、あいつの目的地は、俺と歩がよく一緒に遊んだ公園だ。
 この近くには俺らが通ってた幼稚園があり、母ちゃん達がよく立ち寄ってお喋りに花を咲かせていた。その間、俺たちはお気に入りだったブランコを漕ぎ合ったものだ。
 新はランドセルを木陰に置くと、歩の指定席だった黄色のブランコに腰掛ける。漕ぐのかと思ったが、身動きせずじっと空を見つめたままだ。
「……押してやろうか?」
「いい」
 可愛くない返事の後、静かにブランコを揺らし始める。唇はいつも通り不機嫌そうに窄めたまま。
 歩がいなくなってから、新は歩の真似をしている。それまでの赤いランドセルではなく歩の古い黒ランドセルを背負ったり、今みたいに歩の格好をして自分のことを「歩」だと言ってみせたり、歩の思い出の場所を巡ったり。きっと新はまだ、兄貴が突然いなくなったことを受け入れられていないんだろう。「素直」って言葉からかけ離れた奴だから、寂しいなんて言わないが。
「新。まだ歩の真似、続けるのか」
「……」
「寂しいのは分かるが、もう中学生になるんだから、男の格好し続けるのにも限界があるだろ」
 新が顔を上げて、俺をぎろりと睨みつける。
「寂しいなんて、あるもんか」
「そうなのか? 俺にはそう見えんが」
「見えなくても、そうなんだよ」
「お前、可愛くないな」
「可愛くなんかなりたくない」
 ブランコから飛び降り、呆れ顔で腕を組む俺に向かってべぇ、と舌を出すと、そのまま走り去ってしまった。おいおい。ランドセル忘れてるぞ。
 歩と違って俊足の新と追いかけっこするのは結構しんどい。仕方ない、このランドセルは俺が持って帰ってやるとするか。
 木陰に放置されたそれを拾い上げると、その端に丸めた薄い本が突っ込まれているのが見えた。気になって取り出してみれば、「算数」と表紙にあるものの、中はカラフルなイラストが広がるノートだった。
 そう言えば、新は昔から絵を描くのが好きだった。昔はよく見せてもらって、褒めてやると口元をふにゃりと緩めて嬉しそうにしてた。ずっと描いていただけあって、上達してる。感慨深い気持ちでページを捲っていたら、こちらにへらへらした笑顔を浮かべる中学生くらいの男の絵があった。他のマンガみたいな絵と違い、それだけは実物をモデルに描いたもんみたいだ。そっか、歩か。
「寂しくなんかない」なんて言ってたけど、新は何だかんだで歩のことが好きだったんだろう。
 俺はこんな風に思われてる自信、ねえな。歩がいなくなって、口きいてくれることも少なくなってスルーされてばっかだ。俺は歩の「イイナヅケ」で、新はその妹。あいつからしても俺は歩の「イイナヅケ」でしかなくて、あいつと俺を繋ぐ歩の存在がなくなっちまったら……他人? いや、俺は歩に頼まれて……だが。
 なあ、歩。やっぱり俺はお前の代わりにはなれねえ。新の兄貴は、世界のどこを探したってお前だけなんだ。だからお前の代理の兄貴として、あいつの寂しさを解いてやることはできないかもしれない。
 でも、俺、お前とは違う形で新の背中を押してやりたいんだ。
 それは俺にとっての新が「イイナヅケ」の妹、としてではなく。


「新!」
 せっかく苦労して探し当てたってのに、今日もこの相変わらずのシカトっぷりだ。
 正門で待ち伏せしてても新どころか小学生一人も出て来ないから変だと思ったら、まさかの卒業式の予行練習だったようで、探すのに余計な時間を過ごしてしまう羽目になっちまった。ま、見つけられたからいいとする。
 今日の新は川沿いの土手のど真ん中に座り、あの「算数」ノートを開いていた。俺が来た途端速攻で閉じたけど、また絵を描いてたんだろうな、左手には赤茶のちびた鉛筆が握られている。
 隣に腰掛けると、新が迷惑そうに眉を寄せて俺を見上げた。構うな、と言いたげなその視線をシカトし、俺はその場に横になる。
「ここ、夕日綺麗なんだぜ。よく歩と見に来てた。病院に入る前日も、見に行きたいってうるさいから、仕方なく一緒に見たんだ」
 それが、歩との外での最後の思い出でもあるんだけど。
「お前、ここが歩のお気に入りだって知ってたんだな。ここ、男同士の青臭い話ばっかしてたから、俺たちの秘密の場所みたいなとこあったんだが」
「知ってる。いつも見てたから。二人とも馬鹿みたいに笑って、何がそんなにおかしいんだろうって、呆れてた」
 新が視線を手元のノートに落とす。「ホント、馬鹿みたいに」と小さく呟いて。
 その時、新はどんな顔で俺と歩を見ていたんだろう。呆れてたんじゃなくて、寂しさがあったんじゃないか。今の、歩がいなくなった時と同じ顔をしている新を見ると、そう思う。
「馬鹿だったな、俺たち。それがすげえ楽しくてさ。でも、もう歩はいない。ここに来ても変に感傷に浸っちまうんだよな」
 だが、二人して暗い顔をするのは歩の本意じゃないだろう。
 ノートの上にぽとりと例の物を落とすと、新の目が見開かれる。
「卒業祝い。もうじきだろ」
「何で、指輪」
「お前に女の子に戻って欲しいから。幼馴染みの女には可愛い格好してくれてた方が、嬉しいし」
 正直恥ずかしくてたまらない。安物の赤い指輪も自分の台詞も全部だ。これでも一応考えた結果だ。「イイナヅケ」の妹としてではなくて、幼馴染みの女の子として、新を「寂しさ」から卒業させるための。
「これ、買ったの?」
「恥かいたけどな。女に贈り物って母ちゃんにしかしたことねえからさ」
「良太、が」
 あ、俺の名前、久しぶりに呼んでくれた。
 幼馴染みに名前呼ばれるって、こんなに甘酸っぺえ気持ちになるもんなんだな。って馬鹿か、俺。余計恥ずかしい。
 それからお互いの家に帰るまで、俺たちは夕日を眺めながら沈黙していた。


 別れの季節はあっという間に過ぎ去り、穏やかな陽気と共に新しい一年の始まりがやってきた。
 俺はもう、新のランドセル姿を追いかけなくなる。
 だってもう、あいつは。
「おはよう、良太」
 桃色の吹雪の中で、新が少し照れくさそうに声を掛けてくる。その眩しい姿を見た途端、思わず狼狽えてしまった。
 これは俺が望んだことに対しての、新が出した「答え」なんだが。女って怖い、真新しいセーラー服を着ただけでこの変わり様。黒ランドセルを背負っていた姿が信じられないくらいだ。
「……そんなにおかしい?」
 固まる俺に、新が不満げに唇を窄めて睨む。お、何だ、中身は俺が知ってる新じゃんと思ったら、馬鹿みたいに安心してしまった。
「悪い悪い、すっげえ似合うぜ、新」
 気恥ずかしいその台詞を贈ると、小さな唇を緩めて嬉しそうに微笑んだ。
 真新しい青の学生鞄に控えめに付けられた赤い「卒業祝い」が、太陽の光を受けて眩しくきらりと光った。




追記はアフターストーリーです。こちらはピクシブ未掲載になります。

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マザー

 大好きな貴方に、特別な思いを込めたお花を贈りましょう。
 世界にたった一つの、貴方のために。



マザー


「お花、くださいな、シスター」
 飴色の瞳をころんとさせて、モモはベージュを基調とした花屋で作業をしていた「シスター」の少女に笑いかけた。真っ白な生地に手書きらしき花柄を鏤めたエプロンを身に着けたそのシスターが、モモと同じ飴色を細めて彼女の前に座り込んだ。
「可愛い「チャイルド」ね。どんなお花が欲しいのかな」
「マザーにあげる、素敵なお花が欲しいの。でもあたし、マザーの好きなお花知らなくて。シスターは知ってる?」
 こてん、とチョコレート色のショートボブを揺らして尋ねると、シスターはもちろんよ、と笑って、すぐ傍にあったインディゴ色の小振りの薔薇を指し示した。
「ブルーローズ。これがマザーの一番好きなお花よ」
 ところがその花を見たモモはぷうと膨れて、小さな首を振った。
「違うわ、それは他のシスターも言ってたし、あたしだって知ってる。「マニュアル」にあるもの。そうじゃなくて、マザーが本当に好きな花を聞いてるの」
「本当に好き?」
「マザーの口から聞いた事ないの?」
「ないわ。だって私が生まれた時、もうマザーはああだったもの」
 シスターの返答にモモは落胆して、肩を落とした。
「どうしよう、マザーにどうしてもお花あげたいのに」
「ねえ、どうしてもブルーローズじゃだめなの?」
「うん、だって、ブルーローズじゃみんなと同じなんだもん。ちゃんとあたしがあげたってマザーに分かるようなお花が欲しいの」
 モモの主張にシスターはぽかんと口を開けて、自分と「同じ」顔を持つ幼女をまじまじと見つめる。
「そんなこと言う「チャイルド」は、貴方が初めてよ」
「そうなの?」
「だってマニュアルを見て、みんなマザーにお花をあげるのよ。みんな同じだからね」
「やだ、ブルーローズじゃないのがいいの」
「そうねえ……他にもお花はあるけど……」
 二人で店内を見渡していると、モモがぱっと顔を輝かせて奥のショーケースへすっ飛んで行った。
 透明なそのケースの中にひっそりと咲くその花に、モモはうっとりと目を蕩けさせる。
「モモ、これがいい! これにする!」
「え……これは……」
 モモの選んだ花を見たシスターの顔色が曇り、飴色にも物悲しげな色が浮かぶ。そんな彼女と真逆に、上機嫌になったモモがぴょんぴょんと桃色のスカートを揺らしながら訴える。
「これ、包んで下さいな」
「どうしてもこれにするの?」
「だめなの?」
「だめじゃ、ないけど」
「じゃあいいじゃない。早く包んでよ、シスター」
「……かしこまりました」
 渋々ショーケースからその花を数本取り出すと、薄ピンクの柔らかな包み紙でふんわり包み込んだ。持ち手に青いリボンが巻き付けられると、待ち構えていたモモの胸にそれがすっぽりと収まった。
「ありがと、シスター! 行ってくるね!」
「……ありがとうございました」
 複雑な表情で見送る彼女を他所に、モモは軽い足取りで駈けて行った。



 マザーの館の入り口には常にモモと同じ顔をした「シスター」の警備員が巡回しており、内部も厳重なセキュリティーが張り巡らせている。その一つ一つを解除するには、あらゆる検査を受けなければならない。モモはその一つ一つを手稲に受けて承認を得ると、目的地である大きな観音開きの扉の前に辿り着いた。
 とんとん、と軽くノックすると、自動でドアが開かれて行く。そこには無数のブルーローズが鏤められ、その中央には棺のような白いベッドが一つ鎮座していた。
 そこで深い眠りにつく、真っ白な体の少女は、今のモモと瓜二つの姿をしていた。彼女と違うのは、その髪色が夜空のように真っ黒だということ。「チャイルド」たちの中にも、こんなに美しい髪色を持つものはおらず、モモはその美しさに感嘆のため息を吐いた。
「こんにちは、マザー。モモがきたよ」
 ブルーローズの花畑をかき分け、モモが「マザー」の少女に笑いかける。そして手にしていた花束を見せて、小さな胸を張ってみせた。
「これ、マザーに持ってきたの! ほら、マザーの髪と同じ色だよ、綺麗でしょ」
 僅かにワインレッドが混じる漆黒の薔薇を、冷たいマザーの腕に抱かせた。意識の無い彼女が自分の贈った薔薇を抱いている姿を見て、モモは頬をピンクに染めて微笑んだ。
「ふふっ、よく似合うよ、マザー」
 手に残った黒い花びらを摘んで、周囲のブルーローズを見下ろした。
「ねえ、マザー。ブルーローズは神様の祝福って意味だけど、ブラックローズはどういう意味があるか、知ってる?」
 その小さな指がひらり、と黒の花弁をブルーローズの上に落とす。
「ねえ、マザー。こんなところに一人ぼっちで閉じ込められて、同じ顔の「チャイルド」を「生産」するために永遠に生かされる運命を押し付けた神様が、「憎い」よね。モモは分かるよ、「マニュアル」は偽物、マザーの本当の事が書いてない。だからね、いつかモモが「復讐」してあげるね」
 モモの小さな呟きに、眠り続けるマザーの白い唇の端が微かに上がった。

かみのことば

かみのことば

「フェル、フェル、フェルはどこ」
 真っ白な教会内で、姉さんの声が反響する。その時既に父さんに頼まれた祭壇の掃除を終えた僕は、束の間のうたた寝をしていて夢の中にいた。
 かがり火が上がる中、友だちと一緒に歩き回っていた僕は楽しくて仕方なかった。年に一度の祭り。聖人である修道女のヴァルプルを祝うその祭りは、この小さな村が盛り上がる一大イベントだ。誰も彼もが浮ついて、伝説の少女を讃える。
 さあ、今年の露天は何が出ているだろうか。楽しみだ。
「フェル!」
 頭をごちん、と殴られて、目に星が散った。
「お前って子は、この忙しい時に何居眠りしてんだいっ! ヘルが何度お前の名を呼んだか分かってるのかい!」
 ぼんやりする視界の中で、そばかすだらけの母さんが雷を落とす。
「ご、ごめんうっかり寝ちゃった」
「何がうっかりだい、バカ息子! 分かったらさっさと買い物に行きな! 祭りまで時間がないんだから、とっとと行ってくるんだよっ」
「わ、分かったから!」
 ぐりぐりと拳を頭に擦り当ててくる母さんからメモを受け取ると、僕は大慌てで教会を飛び出す。ちょうど姉さんが「ヴァルプル」の衣装で僕を睨んでいたのが見えたけど、話をしている場合じゃない。
 赤紫に染まる空の下を懸命に走って行った。


「あいよ、毎度あり」
 顔なじみのおじさんから包みを受け取り、ようやく息を吐いた。両手は荷物で埋まってしまったから、重くて腕が辛い。早く帰って友達の家に行かなきゃ。駆け出した僕の視界に、黒い小さな塊が映り、思わず足を止めてしまう。
 ところどころが解れてぼろぼろになった布を体に纏い、くすんだ金髪を少し伸ばしたその男の子は、熱心に売られている古本を読んでいる。ちらりと見えた瞳は妖しい輝きを放つエメラルド色で、どきりとする。初めて見る子だ。どこから来たんだろう。
 と男の子が立ち上がり、そのまま踵を返す。どこかへ行くのかと思いきや、何と近くにあったゴミ箱を覗き込んでごそごそしたものだから仰天した。
「君、何してるの」
 気になって声をかけると、男の子が手を止めて振り返った。正面から見た彼は、片目が閉ざされていて、その瞼には無数の傷跡が見えた。子供なのに子供に見えない。自分から話しかけておいて怖くなってしまって、後ずさりしようとしたら
、彼が口を開いた。
「さがしもの、してるんだ。君、知らないかな?」
 男の子のような女の子のような、不思議な声だ。
「さがしもの?」
「……ディン」
「え?」
「僕はディン。君は?」
「え……と、フェ、フェル、だけど」
 びっくりした。いきなり名乗るから思わず間抜けな答え方をしてしまった。
 ディンは唇に指を当てて、「フェル」と僕の名前を繰り返した後、にっこり笑った。
「うん、気に入った。……ねえ、フェル、僕のさがしもの、一緒に探してくれない?」
「それって何なの?」
「……ことば」
「え?」
「神の言葉、だよ」
 うっすらと開いたエメラルドにぞくりと背筋が凍り付いたかと思うと、同時に鐘の音が鳴り響いた。これは教会の……あ、そうだ、姉さん達が待ってる、帰らなきゃ。
「ごめん、ディン、僕……あれ?」
 少し目を離しただけだったのに、彼の姿は風にかき消された火のように跡形も無く消えていた。足音さえもしなかったよな、いつの間に。
 けれど、それ以上留まっていられず、教会へ向かって駆け出した。



「ヴァルプル様、おめでとう!」
 祝いのかがり火が周囲を暖かく照らし、夜空よりも眩しく輝く。その中心でゆっくりとしたテンポでヴァルプルに扮した姉さんが歩いて行く。
 ヴァルプルはこの村出身の修道女で、有名な教会から数々の教えを得て、この小さな村に最初の教会を建てた人物だと言われている。そしてこの村の平和を願い続け、人々にその教えを伝えるのに尽力したという。かがり火は彼女が村人を訪ねる時に魔除けのために持ち歩いたと言われることから、こうやってつけるのだ。
 僕は姉さんの後ろについて歩きながら、かがり火を持つ村人に小さな花をつけた菓子を渡して行く役割に徹していた。
 と、その人々に混じり、あのエメラルドを見つけたときは心臓が止まりそうな程どきりとした。
 ディン、何してるんだろう。
 彼の傍にいる人に菓子を渡しながら彼の前を横切ろうとすると、
「ねえ、抜け出そうよ」
「!」
「僕と一緒にさがしもの、しよう」
 言いながらす、と身を引く彼に僕の足は自然にそちらへ吸い寄せられる。
「はやく、はやく」
 せき立てる声に、僕の足はどんどん早くなっていった。



 ディンがその歩みを止めたのは、村で一つだけある図書館の裏側に辿り着いた時だった。中心のはずれにあるものだから、夜のこの時間になると祭りが無くても明かり一つもなく、不気味だ。
 そう思って遅い歩みになった僕の目の前で、ちかり、と輝いたものがあった。ディンの手元……いや、腕に何か光っている。
「ディン、何を」
 振り向いたディンを見て、ぎょっとする。ディンの腕に輝いていたのは妖しい黄金の文字だった。それも一つでなく、無数に。
 その異様な光景に、僕は声が震えた。
「それ、何」
「何ってもちろん、神の言葉さ」
 にたり、と笑う彼は、夕刻に見かけた時よりも妖しく見えた。
 恐ろしくてたまらないのに、足が地にくっついてしまったkのように動かない。
「後一つだけなんだよね、神の言葉」
「それ、あつめて、どうするの」
 未だに輝く腕をそのままに、彼はもちろん、と僕に向かって一歩踏み出す。
「僕がもう一度『神』に戻れるんだ」
「か、み……? 何、言ってるの……?」
「そう。だからフェル、君が持つ最後の言葉を、僕にくれないか」
 また一歩。彼が近づいた。
 遠くで村人の笑い声とヴァルプルを讃える声が聞こえるけど、今の僕にとっては虫の音よりも頼りなく聞こえる。
「ねえ、フェル。くれないかな」
ーー君の、命を。
 そう言われているように感じられて、寒気がした。
 彼が近づいてくる。その光輝く腕を伸ばして、僕に振れようとした。
「い、やだ、やめて」
「大丈夫。すぐ終わるから」
 震える僕に、彼の手が触れる。
 その瞬間、カッと燃えるように胸が熱くなった。
「!」
 じゅ、と嫌な音と共に彼が僕から飛び退く。
 その腕は黄金の輝きを失って、見るも無惨に焼き爛れていて、焦げ臭い匂いが立ちこめていた。
「なる、ほど……ヴァルプルめ」
 苦々しく笑いながら、じっと彼の視線が僕の胸元に注がれる。
 が、僕はそれで限界を超えてしまい、咄嗟に駆け出してしまった。僕の胸元で弾むそれは、姉さんから借りた、ロザリオを模した木彫りのペンダントだ。
 微かに赤く光っているそれがディンの腕を焼いたんだ。
 そう思うとこの薄気味悪いペンダントも投げ捨ててしまいたかったけど、今は逃げる事に専念した。


「どこに行ってたの、フェル!」
 血相を変えて戻ってきた僕を、ヴァルプルの姿をした姉さんがどやす。けれど、その修道女姿の姉さんの存在が、僕に安心感を与えてくれて、生まれて初めて姉さんのお説教がありがたく感じられた。
 ひとしき姉さんに怒られてから、あのペンダントのことを尋ねると、魔除けとしてヴァルプルが作ったものと言い伝えられているのだと話してくれた。彼女が親しくしていた修道女の身を守る為に贈ったのだという。
 ディンは良からぬ奴だったんだ。姉さんの話でそう思ったが、同時にどこかすっきりしない気持ちもした。



 教会のミサが始まった頃、僕は不意に外に佇むディンの姿を見つけた。彼は何食わぬ顔で教会の戸を開けて中に入ろうとしたけど、途端にその足下に光が散った。彼が表情を歪めて、後ずさる。
 そして悲しそうな顔でため息を吐くと、教会から立ち去ろうと背を向けた。
 それを見た途端、僕は何故か胸が苦しくなるのを覚えた。
 悪い奴だと分かっているけれど、彼をこのままにしておくのも何だか嫌で、僕はペンダントをしっかりと握りしめて、こっそり教会を抜け出した。
「ディン」
 僕が声をかけると、ディンが振り向いてエメラルドの瞳を見開いた。
「フェル……どうして」
「……君が、教会に入ろうとするのを見かけたから。教会、入れないの?」
 僕の言葉に彼は頷いた。
「神格を失った「神もどき」をこういうところは拒むものさ。分かっていたんだけどね、ヴァルプルの教会にさえも拒まれたのは少しショックだったな」
「ヴァルプル? 君、ヴァルプルの知り合いなの?」
「うん、昔ね彼女とはちょっとした関係にあったのさ。まあそれが全ての間違いだったんだけど」
 苦々しく笑う彼に、僕の胸はまた痛む。
「ヴァルプルと、どういう関係だったの」
「そうだね、強いて言うなら恋人、かな。彼女は生真面目で僕の甘い囁きにもちっとも靡かない子だったけど……僕が傍にいることを許してくれた人、だった。……実はね、そのペンダントも彼女が僕の為に贈ってくれたものなのさ。表向きは修道女に贈ったものとされてるけどね」
「え」
「と言っても、さっきみたいなことがあったばかりだ。君は信じられないだろうね。それでいいよ。一人の少女にうつつを抜かして神格を落とした僕の言葉は、悪魔のうわ言のようなものだしね」
 くるり、と再び彼が背を向けた。
「ディン」
「怖い思いをさせてごめんね。ペンダントに拒絶されて、僕の未練もようやく消えたよ。大人しく、戻る事にする」
「え……どこに、行くの」
「……神々の、黄昏の戦場に、さ」
 するとみるみるうちに小柄な体が浮き上がった。こちらを振り向いた彼の顔は皺だらけになっていて、白い髭が揺れていた。
「ヴァルプルの思いはここで君たちを導く光となった。もう僕のものではない。だから、その神の言葉はここに残しておくよ。……これだけあれば、十分だからね」
「ディン!」
「さようなら、ヴァルプルの子孫たち」
 少年の声音でそう言うと、彼は夜空の闇と同化した。

 唖然とする僕の背後からは、ヴァルプル役の姉さんの歌声が響いていた。
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