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魔法使いのお伽噺 眠り王子のお相手5 終

※最終回ですが、解釈によってはハッピーエンドではありませんのでご注意をば。



 それから、ピアス達は相手候補を集めるのを止め、ブレスと王子の行動を見守った。特別扱いではなく召使として城で働き始めたブレスは、いつもの癖からかサボりや弱音が出たものの、リングが叱咤する前に、自分で押さえ込むようになっていった。
 カフス王子もブレスに興味があるのか、彼女と積極的に話すようになった。その動向を見守る習慣がついたせいか、いつの間にか彼は長時間眠らなくなった。睡眠よりも、ブレスと過ごす時間を大切にするようになったのだ。ピアスに負けず劣らず博識で、庶民ならではの話をしたり、得意の裁縫を披露してみせるブレスに、カフスはすっかり夢中になった。
 しかしその一方で、ブレスを焦らせるかのようにピアスが告げた期限が迫っていた。
 ブレスは何度かリングが持ってきた硝子の靴のバレッタと対面したが、肝心のブレスレットが外れていないため、履くことができないでいた。真実で満たされた心を持ったら、ブレスレットは外れる。自分にはまだ足りないものがあるのだと、ブレスは考え続けた。そして、今まで胸に秘めていたことをピアスたちに積極的に打ち明けるようになった。
 亡くなった両親が生前出稼ぎで家におらず、本当は寂しくてたまらなかったこと。忘れていた些細な悪戯、悪さ。内緒にしていた背中のイボまで打ち明け、その度にブレスは恥ずかしい思いに駆られた。が、真実で心を満たすには、どんなに些細なことでも包み隠していることを曝しださないと、という思いから、彼女は恥を曝し続けた。思わずカフスやピアス達に心配かけるほどに。
「……何でブレスレット外れないの? 彼女あんな頑張ってるのに。見てるこっちが辛い」
「多分、彼女は私達にもっと大きなことを隠してるんだろうな。それを曝しださなければ、あのブレスレットは外れない」
「大きな隠しごと……それって何なのかしら」
「彼女の行動からしてみても、彼女自身も全く分からないようだな……まずい」
「そのブレスレットが暴いてくれないの?」
「本来はな。だが効力が切れかかっているようだ。ブレスレットさえも見抜けぬ深い秘密なんだろうな」
「お兄ちゃん……」
「ああ、成人の儀まで後十日しかない。我々ができるのは、見守るのみだ」
 冷静に話すピアスも、内心は冷や汗をかいていた。
 何を隠しているか全く分からない。おまけに本人も気付いていないため、厄介だ。相変わらず思いついていたことを言っていたブレスだったが、次第にネタが尽きたせいか、それもなくなってしまった。

 それは、成人の儀まで五日迫った頃のこと。

「もう言えることはないわ」
 暗い面持ちで皆の前に現れたブレスは、誰の目から見ても生気がなかった。
「ブレス、本当にないの?」
「ない、何も無い……もう、いや」
 言うなり走り去り、彼女はその日を境に自室に閉じ籠もってしまった。カフスから呼びがかかっても、リングたちが宥めに行っても彼女は嫌だダメだわと泣くばかり。ため息をつく妹の傍らで、ピアスはブレスに加護があるようにと祈り続けた。

 そしてさらに三日後、城内は成人の儀に向けて、着々と準備が進められていた。

 数ヶ月前までは王子が寝てばかりいるので、ひっそりと行うのみに止めようとしていたが、彼が昼間でも起きていられる今は、多くの人々を招き入れ、盛大に執り行うことが可能となったのだ。そして同時に、王子の結婚相手探しを行うこととなった。ピアスはその女性の中から誰かを選び出し、靴を履かせて呪いを解こうかと考えたが、万が一靴が割れてしまえば、元も子もないため、断念した。しかし、せめて王子に相手が見つかるならと、準備に集中していた。
 それくらいしていないと、落ち込んでしまうから。、と
 カフスに微笑みかけながら、ピアスは何もできない自分の無力さを呪った。
 一方、リングは硝子の靴を大事そうに抱えた、ブレスの自室前に立っていた。
「ブレス」
 返事がないことを分かりつつも、リングはめげずに明るく彼女に語り掛ける。
「本当ならあたし、魔法でここを開けることできるの。もちろんお兄ちゃんもね。バレッタを元の姿に戻すことはできないけど」
 そう笑って言っても、ブレスから返事はない。
「ブレス、あたしアンタを信じれるようになったよ。バレッタや義理のお母さんの悪口ばっか言ってるアンタが、あたしは嫌いだった。人間みたいに嫌いな人間とつるむなんて、あたしたち魔術師には無理だから尚更。でも、今のアンタ、以前と違っていい感じよ。あたしはスッゴク好きよ」
 今までならば口にしなかったブレスへの好意。しかし、全て本当に思うことだ。
「リング、あたしに期待しても無理よ……あなたの言うとおり、あたしは」
「分かってるのね ?ブレス、アンタが曝け出せない真実。あたし分かっちゃった。お兄ちゃん達はまだ気付いてないみたいだけど……大丈夫、あたしは軽蔑しない。勿論、バレッタも」
 漏れる嗚咽につられて涙ぐみながら、リングは彼女を労るように扉に触れた。
「ブレス、儀は一時間で終わるそうよ。その後、大広間でパーティーですって。ドレスの着付なら、手伝うから呼んでちょうだいね」
 リングが立ち去る足音を聞きながら、ブレスは泣き腫らした目を擦り、右手のブレスレットを見下ろす。
 その水晶の一つにうっすらと、裂け目が入っていた。

 カフスは目の前に並ぶ多くの娘たちを前に、少し困惑しているようだった。背後のピアスを振り返って見た後、漸く近くにいた女性の手を受け取り、踊り始める。皆、王子に気に入られるために必死のようだ。
 数ヶ月前は娘どころか誰も来なかった上に、儀の前でも人が疎らだったのに。
 ピアスはキョロキョロする王子を後ろで見守りつつ、全体を見回した。
 結われた頭も身に纏うドレスも、皆負けじ劣らず華やかな女性たちの中に、ブレスの姿は見当たらない。妹も姿を見せないことから、恐らく未だにブレスを説得しているのだろう。
 あの靴を履くために、恐らく最後であろう真実を見つけて欲しいと。
 それは一体何なのだろう。姉を救うこと以外に、何か望むものでもあるのか。
「お兄ちゃん」
「リング、ブレスは?」
「準備させたわ。後は王子だけどうにかしなきゃ」
「王子? どういうことだ?」
 パーティーということを考慮してか、控えめな青いワンピースの端を掴み、リングは真剣な顔で兄を見据えて小さな声で囁く。
「時間がないからあたしから教えるわ。だけど、ブレスを責めないであげてね」
 そして耳元で打ち明けられた真実にピアスは目を見開いたが、すぐに頷いた。
「リング、王子はお連れする。お前はブレスを外に連れ出せ。それから」
「分かってる、やるわ。じゃ、行ってくるね」
 髪をマントのように翻し、人込みを掻き分け消えていく妹の後ろ姿は頼もしい。ピアスは口角を上げると踊る王子の元へ向かった。

「静かじゃない? お城」
「そう?」
「リング、どこ行くの?」
 手を引かれるブレスは髪を結い上げ、控えめな桃色のドレスに身を包んでいる。リングが見立てたのだ。
「さっき言ったでしょ、王子のいるとこだって」
「でも、大広間は反対方向じゃない。こっちは外の」
「そうよ。でも王子は外で待ってるの。今夜は月がとっても綺麗なのよ」
 ウインクしてみせると、ブレスは不安そうに眉を寄せながらもこくりと頷いた。中扉から出て、正面門を抜けると、町に繋がる森への入り口がブレスの記憶通りのままそこにあった。
「久しぶりだわ……外に出るなんて、あの時以来」
「そうね」
 門を見れば見張りの男二人がすやすやと安らかな寝息を立てて寝ている。ブレスがそれに目を丸くした時、
「ブレス」
 リングとは違う柔らかい男の声音に、ブレスは弾かれたように振り返った。
 ピアスを従え、一張羅の紺色の上着を羽織り、自分と同じ硝子のブローチを胸元に輝かせた王子は、いつもの笑顔を浮かべている。
 ブレスは不意に浮かべた嬉しそうで泣きたそうな顔を振り、繕った笑顔を浮かべて王子に会釈した。
「ごきげんよう。パーティーは終わったのですか?」
「いや、一時中断だ」
「え?それって」
「案ずるな、ブレス。皆、そこの兵士のような状態であるのだ、ちょうどいい」
「みんな寝ちゃったから。好きなだけ王子とお話しできるわよ」
 リングとピアスは顔を見合わせ、笑い合う。
「ブレス、私に話があると聞いたのだが、本当か?」
「は、はい」
「漸く見つかったのだな。これで姉も元に戻れるし、お前も慣れない仕事から解放される、良かったな」
 悪気のないカフスの言葉に、ブレスはさっと顔色を曇らせ黙り込んでしまう。慌てたリングがとっさに何か言おうとしたが、ピアスはそれを手で制した。
 ブレスは何度もピアス達を振り返り、不思議そうなカフスを見た。彼女の中で様々な思いがぶつかり合い、先が言えないようだ。
 と、ブレスは自分の腕に掛けられたブレスレットを見て驚いた。ブレスレットは一部の飾りが抜け落ち、中の糸が見えている。しかも、腕を少し動かしただけで簡単に切れてしまい兼ねない、危うい状態だった。
「いや」
「ブレス?」
「嫌です! だって、義姉さんを元に戻したら」
 ぷち、と糸が完全に切れた途端、ブレスは叫んだ。
「あたし、もう貴方の傍にいられなくなってしまう! そんなの嫌です!」
「え?」
 ばらばらになった硝子を蹴とばし、駆け寄ったブレスは驚く王子を抱き締めた。
「あたし、貴方のこと好きになってしまったの。貴男を思いすぎて眠れないくらい。気付いたの、あたし、義姉さんが元に戻らなきゃ、貴方といられるって」
 ブレスの悲痛の告白が、辺りに響き渡る。しかし、眠る城内の人々にその声は届かず、ピアスもリングもカフスも何も言えなかった。
「……ごめんなさい……」
ブレスはカフスから離れ、涙を拭って精一杯笑うと、リングの元へ歩み寄る。
「リング」
「……ブレス」
「靴を貸してちょうだい」
 リングは一瞬顔を歪めたが、言われるままにブレスに硝子の靴を渡した。 ブレスは靴を足元に置くと、意を決して足を伸ばす。
 ひやり、と冷たさが爪先を刺激し、思わず顔をしかめる。それでも足をすすめて硝子の中に入り込んでいった。
 そしてかかとが完全に靴にはまった途端に、ブレスはまばゆい光に包まれた。その光が次第に人型をかたどり、懐かしい義姉の顔がぼんやり見えはじめると、ブレスは微笑み、静かに目を閉じて意識を手放した。

「カフス王子、お勉強の時間でございます」
「……」
「起きていますか、王子」
「分かってる、ちゃんと起きてるさ、ピアス」
 むくりと体を起こして笑うカフスに、ピアスはやれやれと肩をすくめた。
「また考えていらしたんでしょう、あの子のことを」
「いや、私にも魔法が使えるのかどうか、だ。人間でも使うことができるのか」
「人間には使えません。魔力を持たない限り」
「そうか、人間だからな」
「……もし、使えたら、ブレスに使うおつもりで?」
 王子は勿論、と首を振る。
「私でさえ、寝ている王子を魔法で起こせなかったのですから、多分使えても、魔法の副作用で永遠の眠りについたブレスを起こすことはできないと思いますが」
「なら普通に揺り動かして起こした方が良いか」
「ええ、彼女に起きる意志があれば、の話ですが」
「起こすよ、必ず。バレッタだってずっと待っているし、私も、言わなくてはいけないことがある」
 王子の言葉に、ピアスは優しく微笑んで頷いた。
「勉強を始めましょう」
「お前とは、今日で最後だったな」
「ええ。最後です。ブレスを、よろしくお願いします」
 カフスはベッドから起き上がり、振り返った。
 ベッドに眠る少女は、やはり今日も変わりない。
「早く、起きておくれよ」
 優しく声をかけられた少女は、口元を緩め、幸せな夢の中に今日も浸っていた。
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魔法使いのお伽噺 眠り王子のお相手4

 初め、妹と自宅に戻ろうとしたピアスに、見たことがないほど哀しげに翡翠色の瞳を歪め、カフスは首を横に振った。
「僕にも関わらせてくれ。全て見てしまったんだ」
 ピアスは、その言葉に従うしか他なかった。
 人払いした城内のカフスの部屋で、皆沈んだ顔で黙りこくっていた。
 硝子の靴と化した友人を抱き締めて泣くリング、唇を噛み締め顔を歪めたブレス、二人の少女を見つめるカフス、そして目を閉じ動かないピアス。
 最初に口を開いたのは、ピアスに視線を移したカフスだった。
「ピアス、まずはお前達について聞かせてくれ。お前達は一体何者なんだ?」
 リングは泣き腫らした顔を上げ、兄に困惑の視線を送る。ピアスはゆっくりと青白い瞼を開け、薄い口を開いた。
「我々はここより遥か遠くにある、魔術師達が住まう世界の者です。外見は王子のような人間とほぼ変わりませんが、先程、我が妹が見せたような超人的な能力を生まれつき持っているのです」
「それは本の中のお伽噺だと……お前は以前そう言っていただろう」
「申し訳ありません、我々は人間と異種なる存在ゆえにそれを人間に教えてならぬという掟がございます。今は事態が事態だけにやむを得ず明かすことになりましたが」
 言いながらリングに視線を移すと、彼女は未だに青い目を潤ませながら兄に頭を下げた。
「ごめん、お兄ちゃん」
「仕方ないことだ、リング」
「お兄ちゃんだけじゃない……あたし、バレッタにも」
 リングが抱える硝子の靴を苦悶に歪んだ顔で見つめていたブレスは、縋るようにピアスに尋ねた。
「ねぇ、義姉さんはどうなるの? 魔法で元に戻れるんでしょ? どうにかしてよ」
「簡単にできれば、こんな深刻にならないわよ!」
「落ち着けリング。混乱してるのはブレスも同じだ」
 冷静な兄の言葉に、リングは押し黙り静かに頷いた。
「ブレス、お前の姉・バレッタはお前の手首にあるそのブレスレットの魔力で姿を変えられている。先程嘘を吐こうとしてもブレスレットの力で吐けなかっただろう。あれと同じだ。言葉だけでなく、その心にも欺瞞を抱けば発動する魔法、それがお前の身近な『真実の者』を硝子の靴に変えるものだ」
「心に、欺瞞……? 真実……? 何を、言ってるの」
「お前は今までに数多くの嘘を重ね、心の中は偽りにより汚れている。その心が、お前の身近な「真実の心を持った人間」バレッタを変えたということだ」
「あたしの、せいなの?」
 ピアスはブレスの言葉に静かに首を振った。
「ブレスレットをトゥースの導きによりお前に与えたのは私だ。私にも責任がある。だから、ブレス。お前にバレッタを元に戻せる方法を教えよう」
「あるの? だったら」
「だが我々では無理だ。バレッタを元に戻せるのはこの硝子の靴、それを履くことができる者だけだ」
 驚いたのはブレスだけではない。リングもカフスもぽかんと口を開けて、無表情のピアスを見つめた。
「バレッタ……靴を履く?」
「さっきも言っただろう。ブレスのブレスレット、そしてその硝子の靴は、同じ魔力によるものだと。トゥースの魔力は、欺瞞に満ちた者に制裁を与え、真実の者に祝福を与える。バレッタと同じく真実の心を持つ者が履けば、彼女は元に戻れる」
 皆が喜びで目を輝かせるのを見透かしたように、ピアスは厳しい表情を崩さずただし、と付け加えた。
「バレッタと真逆の心を持つお前のような者が履けば、彼女はたちまち砕け散り、割れたらもう履けないのと同じように、二度と元に戻ることはない、二度と」
 再び沈黙が訪れる。ブレスは何度も首を振り、震える声で吐き捨てた。
「無理よ、こんなにお人好しで馬鹿正直で純粋な義姉さんみたいな人なんて、どこにもいやしないわ」
「どんな子でもアンタよりマシよ! 姉さんの性格に付け込んで騙して、何も知らない王子に近づこうとするアンタよりずっとね!」
 ブレスはまたもや泣きそうな顔で俯く。ピアスはなおも噛み付こうとする妹を右手で制した。欺瞞の心を持つはずのブレスだが、先程から見れば、ブレスレットの力で本音を曝け出している。その真実の姿はもっと気の弱い少女なのかもしれない。
 すると、
「思うに、お前が姉を元に戻せるのではないのか?」
 黙っていたカフスの突然言葉に、ピアスは初めて眉を動かす。カフスは俯いたブレスをじっと見つめたまま、
「ピアスも先程言っていたではないか。ブレスレットは正直者のみ外すことができるのだから、もしお前に外すことができれば、お前の心をもってバレッタを元に戻せる」
 そうだな、とピアスに視線を投げ掛けると、彼は少し笑顔を浮かべて頷く。
「王子のおっしゃる通りです。ブレス、お前が真の心を持てばバレッタを救える。それがで叶わずに一ヶ月後の夜十二時を過ぎたら、バレッタは永遠にこのままだ」
「制限つきなの?」
「真実は生きるが、偽りは滅びる。それが、我々の力なのだ」
 ブレスは眉を寄せたまま、俯いてしまった。ブレスレットを付けた左手が小刻みに揺れている。
「ブレス、姉を救いたければ己に打ち勝って見せよ」
 ピアスの言葉に、ブレスは少しだけ顔を上げた。その大きな瞳から、若干先程よりもしっかりした彼女の意思を見て取り、ピアスは口元を緩ませた。

 ピアスは未だにショックから立ち直れないリングを引き連れて、城外の自宅に戻った。
「無理よ、ブレスになんか」
「リング」
「分かってる、だからってあたしにも何もできないわ、でも」
「リング、彼女がどんな悪さをしたのかは知らないが、お前が見たブレスとは、それほど信用できない女だったんだろう。だが今は違う、私と王子はそれを感じたから、彼女を城に残してきたんだ」
 リングは不満そうに兄の言葉を聞いていたが、やがて深々とため息をついた。
「あたし、まだ子供なのかしら。ブレスより、代わりの人を探した方が効率いいと思っちゃうけど」
「それでも構わん。しかし、たとえブレスよりも正直者が現れたとしても、魔法を解くのは無理だろう」
「え? 何でよ」
「あのブレスレットを授かったとき、私は王子の未来をトゥースにお尋ねした。バレッタのことも予知していたと思うが、今思えば王子の相手を暗に指し示していたとも考えられる」
「じゃ、何、ブレスは王子の結婚相手になるってこと? 何それ、あたしが探して来た意味ないじゃない」
「リング、少し落ち着け。バレッタの身を案じるのは分かるが、我々は本来真実を重んじなければならなかったはずだ。真実を見よ」
「あたしには、ブレスの真実が見えてない、そう言いたいのね」
 リングは諦めたように椅子に腰掛け、預かってきた硝子の靴を置いた。

魔法使いのお伽噺 眠り王子のお相手3

 バレッタは混乱した心を沈めつつ、リングと待ち合わせた森へ歩いていた。準備で手間取ってしまったせいで、約束の時間寸前になってしまった。家族であっても今回のことは言わないで欲しい、とリングに言われていたため、言い訳を考えて誤魔化すのには苦労したからだ。大切なお茶会があるの、十二時には戻ると言い残し、慣れないハイヒールを鳴らしながら急ぐ。
 と、不意にバレッタは背後を振り向いた。
 誰かいる。
 動物だろうか、いや、音の主はバレッタと同じくヒールのある靴を履いているようだ。
 彼女が足を止めると、同時にその音も止む。
「誰?」
闇に包まれた道を歩いているせいでいつも以上に弱気になったバレッタの言葉に従い現われたのは、義妹のブレスだった。
「ブレス? ど、どうして」
「お義姉さま……助けて」
 憔悴しきった様子で呟くと、ふらりと倒れそうになった義妹を慌て支える。
「どうしたの? 何が」
「あの男が、来いって」
「え、あの男って」
「返事、待てないからって……今夜必ず店に来いって」
 震えながらブレスが告げた言葉に、バレッタは顔を歪めて震えだした。穏やかで気が小さい彼女の顔が、次第に怒りで満ちていく。
「酷い……貴方をここまで追い詰めるなんて!」
「お義姉さま、ゴメンなさい……あたしがはっきりと断らないからこんなことに」
「いいえ、貴方のせいじゃないわ、ブレス。こうなったら、私が彼を直接説得しなきゃ。場所はどこ?」
「でも、お義姉さま、お茶会に行くんでしょう?」
「それよりも、貴方の方が大切よ。家族なんですもの、ほっとけるわけないわ。ブレス、場所、教えて」
 バレッタの眼差しに、ブレスはおずおずと場所を伝える。バレッタは凛々しい表情で頷き、来た道を引き返していった。

 一方、城外、森の入り口では、灯りを一つぶら下げたリングとその兄、ピアスがたたずんでいた。開始当初は城の者に見つかるまいと常に気を張っていた彼だが、何度か経験した今では夜空の星を数えるくらいの余裕がある。
 しかしながら、王子の恋愛相手探しは難航している。王子が成人する前に早く相手をと願えば願うほど、現れる女性は難ばかり。皆、金目的だったり遊びだったりと、誰も王子を恋愛対象として見ようとしないのだ。
 だがその一方で、王子はこの約束の一晩の時にあまり眠らなくなった。彼は誰かに恋愛感情を抱いているわけではなかったが、それなりにこの秘密の逢瀬を楽しんでいるようだ。たとえ一回きりの逢瀬でも、それで満足している。それだけでも相手探しを行う意義はあったのだ。
 ピアスは、今夜の娘でこの密会を最後にしようと考えていた。あの不吉な予言とブレスレットのことも勿論、理由にはある。が、それ以前に、密会を通して王子が変化したことが一番の理由だ。結婚相手探しの時に王子は起きられるようになったのだから、後はまた舞踏会なり開き、今度は彼自身の目で人生の伴侶を見つけてもらおうと考えたのだった。
 それに今のところは一部の人間に知らせるだけで、隠密に済ませられているものの、ばれればただでは済まなくなる。今夜来る娘があたりにせよハズレにせよ、ここで打ち止めておく必要があった。
「お兄ちゃん」
「ん? 来たか」
 ちら、と真横のリングに視線を向けると、薄暗い顔に不安の色が浮かんでいた。
「誰か後ろにいる気がするの、あたしの勘違い?」
「! ……誰だ」
 ピアスは懐の杖に手をかけながら、振り向く。
 が、同時に振り向いたリングの灯りで、その正体はあっさり判明した。「カフス王子」
「ゴメン、ピアス」
 灯りに照らされ、やや驚いたカフスは、すぐに照れくさそうな笑顔を浮かべて寄りかかっていた入り口の城壁から体を離した。青いマントに肌触りのよい絹生地のシャツ、ユリの刻印のブローチ、上等物のズボンを身につけている。
「カフス王子、そのような薄着で外に来てはいけません。風邪を召されたらどうするおつもりですか?」
 自分の厚手のマントを王子に被せる。カフスはぷるりと犬のように体を震わせ、厳しい目を向ける臣下にはにかむ。
「大丈夫さ。今日はすこぶる元気だし、眠くもない。それに、待ちきれなくて」
 それを聞いたリングは呆れを含んだ溜息をつき、ピアスは思わず顔を綻ばせた。
「来たわ」
 感じた気配に気付き、リングが顔を上げる。
 こちらに向かってくる人影は、黒いマントを被っており顔は分からない。が、その気配は「普通の人間」のもので間違いない。
「バレッタ、こっちよ」
 リングが手を振ると、影もこちらに向かってて走ってきた。ピアスとカフスも、リングの近くまでやってきたマントの女性に目を向ける。
 ピアスはふと違和感を覚えた。彼女とは初対面であり、尚かつ気配も純粋な人間そのもの。だが、ピアスの中の「真実」が警報を鳴らし始めたのだ。
 ピアスは妹から灯りを受け取り、女性の前に進み出た。
「バレッタは、貴女か?」
 問いかけにマントの女性は頷く。
「ええ、この子がバレッタよ、そうよね、バレッタ」
 リングの問いかけに、女性が勢いよく頷いた途端に、マントがはためき、隠れていた顔が顕になる。
 灯りの下で、面食らったように目を見開いていたのは、リングやカフスよりも幼い顔立ちをした少女だった。目立つソバカスの上の、深い藍色の目がぱっちりとカフスとピアスを見比べ、
「あれ、王子って二人だったの? それともどちら?」
 その言葉に我に返ったリングは、見る見る内に真っ青になり、きょとんとした少女を怒鳴り付けた。
「何でアンタがここにいんのよ! あたしはバレッタを……バレッタはどこ?」
「バレッタお義姉さまは、急病で伏せられてるわ。だけど貴方や王子に申し訳ないからと、私に代わりに行って欲しいとおっしゃられて」
「バカ言わないでよ! 夕刻に会ったバレッタはぴんぴんしてたわよ!  嘘言わ」
「夕食でお腹を壊してしまったのよ。お義姉さまのお身体が弱いことは貴方もご存知でしょう?」
「何、その気持ち悪い喋り方」
 怒りから肩を震わせるリングを一瞥し、カフスとピアスに向き直ると、にこやかに一礼をした。
「バレッタお義姉さまの義妹のブレスと申します。義姉の切なる思いのため、代わりに参りました」
「義妹……ということは血の繋がりがないのか?」
「ええ。私は両親を早くに亡くしていまして、義姉の家族と住んでいますの」
「私と同じだな。私も両親をあまり知らない」
「似てますね、私達」
 端から見れば美男美女の語らいで、絵になる光景だ。
 しかし、
「ちぃーっとも似てないわよ! 猫かぶりもいい加減にしなさいよ、嘘つき」
「リングさん、酷いわ……事情をご存知でしょう?」
 はらはらと泣くブレスに、リングは首を横に振って吐き捨てるように言った。
「お兄ちゃん、王子。騙されないで! この女はとんでもない嘘つきなのよ!」
「そちらの方は、リングさんのお兄様でいらっしゃいますの。いつも妹さんにはお世話になっています」
「アンタは黙って!」
 ピアスは怒り狂う妹とニコニコと笑顔を絶やさない娘を見比べた後、不意に思い出したように懐を探りながら尋ねた。
「ブレス、さんですね」
「はい」
「少々お手を拝借しても?」
「ええ」
 ちょっと、お兄ちゃん、と喚く妹を無視し、差し出された白い手首に、あのアヤメが刻印された白のブレスレットをかける。ひやりとしたそれに彼女は一瞬小さな身体を震わせたが、すぐに興味津々に眺め始めた。
「まあ、素敵」
「我が家に代々伝わる物です。ところでブレスさん、バレッタさんはどちらへ?」
「ああ、あの姉なら変態肉屋に置き去りに」
 瞬間ブレスは慌て口を塞ぐ。すると同時にさっと顔色を変えたリングが突然空高く飛び上がり、夜空へ消えていった。
 ピアスはそれを横目に、唖然とする王子に深く礼をし、王子以上に目を白黒させているブレスを見た。
「先程と今の発言とは、随分異なりますが、一体どちらが真実ですか?」
「そ、それはも……何なの、あの女! 何で急に空に」
 再び口を押さえるブレスに、ピアスは笑顔を消し、冷たい口調で淡々と告げた。
「随分とお喋りになりましたね。先程の礼儀正しい態度が嘘のようだ、そのブレスレットをつけてから」
 はっとしてブレスレットに手を掛ける。しかし、不思議なことにどんなに取ろうとしても、まるでそれが手首の一部になったかのように、引っ張る度に痛みを覚えた。
「な、何なの、これ」
「ただのブレスレットですよ。普通なら簡単に外せます。ですが、貴方がそれを外せないということは、貴方に欺瞞の心があるということです。そして、貴方が自分の意志を隠されてしまうので、ブレスレットが貴方に本音を語らせているのです」
「そ、そんなこと……何てことしてくれんの?! 折角いい感じだったのに、アンタの所為で台無し」
 再び零れた本音を押さえたが、表情を堅くしたピアスにを見てもう言い訳がきかないことを思い知ったのか、青い顔のままぺたりと座り込む。
「予言しよう。お前はたった一つの嘘で重大な罪を背負うことになるだろう」
「な、何それ、罪って……大体アンタ達何者なの?」
「魔法を操る者。お前達の言葉で言うならば魔法使いと呼ばれるものだ」
 途端に呆気にとられたブレスから、未だに状況が飲み込めずに不安そうに見つめるカフスに、ピアスは苦笑し、深々と会釈をした。

 空高く舞い上がったリングは、久方ぶりの使用だと感じさせないほど早口で術を唱え、この町で一件しかない肉屋に飛んだ。
 その小さな体は闇に紛れて一瞬姿を消した後、肉屋上空に再び姿を現す。
 闇夜に揺らめく二つの影。もう一つの影に押されるもう一方の影に、きらりと見覚えある髪飾りの光が見えた。
(バレッタ!)
 リングはすぐさま術を唱えながら急下降した。そして地面にとんと降り立った瞬間、バレッタを羽交い締めにしている小太りな男に向かって、術を解き放つ。
 すると、白い光に包まれて見る見る内に男の体が縮んでいく。
リングの足下に転げおちた鼠をぎ、と睨み付けると、その場にいるはずのバレッタに声をかけようとして目を見開いた。
「バレッタ?」
 先ほどまであったはずのバレッタの姿は消え失せていて、代わりに、落ちていた物を見て愕然とする。
「嘘」
力なく膝を付き、両手で包み込んだそれは、見たことがないほどに燦然と輝く硝子のハイヒールだった。

魔法使いのお伽噺 眠り王子のお相手2

 ブレスがリングと下の義姉の話を聞いたのは、とある日の昼下がりのことだった。
 丁度その時彼女は、継母に頼まれた買い物を上の義姉のドレスを無償で譲り受けることで引き受け、渡された籠を振り回しつつ街路を歩いていた。
「ったく、あのばあさんのお使いとかうざいすぎ」
 そばかすがやや目立つものの、それ以外は愛らしい顔立ちのブレスから出た言葉は、周囲が思わず耳を疑い振り向かせるほどのギャップがある。
 ブレスは幼い頃に母を、そして再婚後、父を亡くした薄幸の少女である。しかし、その割に自由に生きているのは、気の弱い継母、態度は大きいが、小心者の長女、そして体が弱く、優しい次女の存在があったからだ。気性が荒く口の悪いブレスに肝を冷やした二人(次女は特に何も思わなかったようだ)は高圧的でずる賢い彼女に逆らえず、ただ頭を下げる羽目になった。父親が亡くなって、好き放題の生活を送れると継母がほくそ笑んでいられたのは、過去の話である。
 さて、そんな彼女が丁度見かけた花屋の店員・リングは、ここ最近、姉と積極的に交流している愛想の良い娘だ。どんなに金持ちの娘だろうが、または貧乏な娘だろうが、彼女は区別することなく接する。貧富の格差が激しいこの国で、彼女はかなり風変わりな存在として有名だ。リング自身は他の国からやって来た浮浪娘なのだが、兄がこの国の王子の側近をしているため、生活に苦労はしていないようだ。ブレスはリングを嫌っているわけではなかったが、義姉ほど親しいわけではない。今日も花屋の前で楽しげに談笑する彼女ら二人を見て、積極的に会話に関わろうとは思わなかったのだが。
「……王子?!」
 義姉・バレッタの心底驚いた声に、ブレスの耳がぴくりと反応する。
「し、一応ないしょ話だから声は小さくね」
「あ、ごめんなさい」
 リングは辺りを見回しながらバレッタを制する。ブレスは咄嗟に近くにあった肉屋の看板に身を潜めた。
 そのブレスに背を向けているバレッタは、栗毛の頭をリングと同じく左右に動かすと、再び友人に向き直る。
「でも、何故?」
「このままだと王子が成人しちゃうからでしょうね。この国の王族は成人になると同時に結婚するんでしょ?」
 兄から聞いた情報を思い出しているのか、片目をぎゅっと瞑るリング。バレッタも栗色の頭を傾けつつ頷いた。
「成人の十五歳を迎えると、婚約者を確定して成人の議の時に国民に公表するんですって。私は見たことないけど、盛大なセレモニーなんだとか」
「王子、あと数ヶ月で十五歳だもの。お兄ちゃんが焦るのも無理ないわけ。普通なら決まっていても、女の子とコミュニケーションしたことない王子は、そういうわけにもいかないし。許婚もいないのよね」
「この国の王族は個人の恋愛を重んじるそうよね。とても素晴らしいこととは思うけど」
「とにかく、バレッタ。貴方さえ良ければ王子に会ってくれない? 会ってお話するだけでいいから」
「うーん……」
 バレッタは少し俯いて、何かを考えている。
(義姉さんの考えることなんて大体想像つくわね)
 ブレスは肩をすくめて、バレッタの態度に困惑した様子のリングを見た。
「バレッタ、ダメ……かな。あ、もしかして誰か好きな子でもいるとか?」
「い、いいえ、まさか……私に連れ添ってくれる男性なんて夢みたいな話だし、ましてや王子さま……」
 でも、と俯いていた顔を上げる。痩せた顔はあまりぱっとしない。目が細く小動物のような顔。可愛らしいとも美しいとも言えないが、彼女の優しい性格が滲み出るような笑顔、気さくな態度をリングは気に入っている。 なかなか女性と話ができない王子の為、またこの女性的魅力を兼ね備えいるのにも関わらず、男性に恵まないバレッタの為、リングは何としても彼女を候補に選びたかったのだ。
「私、つり合わないわ。顔に自信ないし、体だって弱いし。ブレスからも弱虫呼ばわりされちゃうし」
「ブレスは口が悪すぎんのよ、あれは無視無視」
 飾り気のないリングの言葉に短気なブレスはむっとなるも、彼女の中に占める考えを思い出し踏み止まる。
「貴方、誰からも好かれるような素質あるのよ。自信持って。それに美しさにも色々基準があるじゃない。みんながみんないいって思える美はないと思うし。自信持ちなさい。あたしにとって、バレッタは可愛い自慢の友達なんだから」
「……ありがとう」
 バレッタがやや泣きそうな声で言うと、リングが笑って頷いた。
「どうする? あたしは別に無理にとは言わないわ」
「貴方の言葉を信じて、行ってみようかしら」
 ホントに? と目を丸くしつつも喜ぶリングに、バレッタは縦に首を振る。
「是非、会って。きっとあんたと気が合うと思うわ」
「そうだといいけどね」
「そうに決まってるでしょ! 間違いないって。早速お兄ちゃんに知らせなきゃ」
 気合いが入りすぎたのか、リングが手にしていたポピーの花束がぐしゃりと悲鳴を上げた。
「あーー! ゴメン!」
「あらら」
「もっかい包み直すね……」
「いいわよ、リング」
「だめ! うちのお得意様にこんなぐしゃぐしゃの花束渡すわけにはいかないわ。すぐ済むから待ってて」
「ふふ、ありがと、リング」
 リングが店先から消えるのも見届けることなく、ブレスは立ち上がり何事もなかったように歩き始めた。
「……王子」
 そう呟く彼女の表情に、微かな冷笑が浮かぶ。それはいつものように人を小馬鹿にするのではなく、何か思惑を含んだものだった。

「お義姉さま」
 バレッタが綺麗に包み直された花束を抱えて帰宅すると、ブレスがにこにこと人懐っこい顔で迎えた。バレッタはいつもの笑みを浮かべて義妹に近寄る。
「ブレス、ただいま。嬉しそうね、どうしたの」
「残念……その逆なのよ、バレッタお義姉さま」
「あら、どうかしたの?」
 するとブレスは周りを伺うようにキョロキョロとし始めた。笑顔も途端に元気をなくしたので、バレッタはあら、と顔をしかめる。
「ブレス、私の部屋へ行きましょう。ここじゃ、少し話しづらいでしょ?」
 肩に手を置いて自室に導くと、ブレスも抵抗することなく付いていった。

 可愛らしいポピーを飾りながらブレスの話を聞いていたバレッタは、顔を曇らせた。
「まあ、なんてこと……」
「言うこと聞かなきゃ無理やりにでもって言うのよ。あんまりだわ、あたしの気持ちなんてまるで無視なんだもの」
 鼻を鳴らすブレスに、バレッタはハンカチを手渡す。義姉を見上げた彼女は、らしくなく顔を涙で濡らして落ち込んでいた。
「どうにか、そのお肉屋さんの求婚を断らないとね」
「でも、すっごくしつこいの……もうあたしの手に負えないくらいに」
 深々とため息をついた義妹に心優しいバレッタは、決意したように顔を上げてその頭を撫でて励ます。
「大丈夫よ、ブレス。あなたには私が付いてるから」
「でもお義姉さまにご迷惑をかけるわけにいかないわ、血の繋がりもないのに」
 その言葉は、決定打だった。バレッタは真剣な眼差しになると、首を振った。
「そんなの関係ないって言ってるでしょう? 私たちは姉妹よ。誰が何と言おうと、私の妹。そうでしょ?」
「お義姉さま……」
「私が説得するわ。第三者が入れば、お肉屋さんも落ち着いくれるはずだわ」
 だから大丈夫、と義妹を優しく抱き締める。ブレスも涙ぐみその体に甘えた。
 こうして一見微笑ましい姉妹愛が展開されたように見えたが、実は別の意図が含まれていることに、ばか正直でお人好しのバレッタは全く気付かなかった。

 しかし、城内にいたピアスも、ふと予感を感じさせる出来事に遭遇していた。
 すやすやと安らかに眠るピアスの傍で、静かに銀色に輝く彼の腕の那がさほどの杖を取り出した。これを振るのは王子が寝ている時のみ。それ以外はこの国で普通に生活する上ではまるで役に立たない。
「我らを守護するトゥース(真実)の者よ、どうかカフス様にそのご加護を」
 暖かな光が王子を包み込む、のはいつも通りだったが、不意にピアスの耳に何かが聞こえてきた。
『真実を手にしたければ、彼の者に近づくものから偽りを排除せよ」
光が止み、床に落ちていたものを拾い上げると、ピアスは顔を曇らせた。
「偽りが、王子に迫っている、ということか」
 王子が肌身離さず付けているブローチと同様、そこにはトゥースの象徴であるアヤメの刻印がある。そのブレスレットを懐にしまい込むと、ピアスは何も知らずに眠る王子に不安げな視線を向けた。

魔法使いのお伽噺 眠り王子のお相手1

 その日は、カフス王子の人生最良の日になるはずであった。そのために彼は普段着ない上等な絹で作られた肌触りの良いブラウスに袖を通した。嫌みな叔父から贈られた鳩の形を型取ったブローチもした。肌の手入れもした。匂いも薔薇の香水を振りまいた。
 彼の顔には、悲しみとも怒りともつかない複雑な表情が浮かんでいて、傍に控えていた側近・ピアスは彼の前に進み出るやいなや、
「王子、申し訳ありません」
 額を大理石の床にぴたりと付け、物悲しそうな声で表情を変えない王子に謝罪の言葉を繰り返していた。
「このような事態になってしまったのは、舞踏会を王子に提案した私、ピアスの責任でございます。どうか、私めに罰をお与え下さい」
 土下座するピアスに、周囲の大臣たちは顔を見合せる。ピアスは普段冷静沈着な男で、このような緊迫した声を出すことなどなかったのに、と。
 彼の提案が、失敗すること。それは城中の誰もが予想できていた。花嫁の来ない王子に候補を見つけるための舞踏会を開く。それは幾度も行われてきたことだが、成功した試しは未だない。
 当の王子自身が、こうしてピアスが提案して開かれたこのパーティー以外無断欠席していたからだ。
 女たちが幾ら多く集まっても、王子はいない。失望した女たちの間で、いつしか王子に関する根も葉もない噂がたち、見向きもされなくなってしまった。主催した王子本人が出て来ないだから自業自得の部分もある。しかし、出て来れない王子の事情を知るピアスたちは、彼が哀れでならなかった。
「自分を責めるな、ピアス。君は頑張ってくれた。心から感謝している」
「王子、それでは私の信条に反します。臣下が主を欺いたら、相当の罰を受けるべきだと思っております」
「ピアス、大げさな」
「大げさなどではありません、王子。普通です」
「……」
「王子」
 遅かったか、とピアスは体を起こし、椅子の上でぐったりしている王子を担ぐ。周囲の人間もまた暗い表情を浮かべて、やはり結婚は無理かとため息をついた。王子が次に目覚めるのは明日の夕刻くらいだろう。何せ普段は寝ている時間に起きて、眠りにつかないよう耐えていたのだから。
 これこそが、カフス王子が結婚相手を見つけるための舞踏会に参加できない理由であった。

 カフスの睡眠欲の旺盛さは、彼の幼少に原因がある。今は亡き王妃が大変な夜更かしだったからだ。
 人生、楽に生きなきゃ。
 体が弱く城に籠りきりだった王妃はその言葉を口癖にし、夜明けまで自分の友人から家来などとどんちゃん騒ぎしていたという。それが原因だったのかはさておき(その話を聞いたピアスは、間違いなくそれも原因の一つだと思い呆れたが)、王妃は早くこの世を去っていき、物心つかないカフスが残された。王妃の夜更かしに付き合わされたカフスは、まるでその分を取り返すかのごとく寝始めたのだった。
「なるほど、だから結婚相手が見つからないのかあ」
「ああ」
 ココアを妹のリングから受け取り、ピアスはさてどうしたものかと首を捻った。
「いっそぶん殴って強制的に起こしたら? 相手が王子さまだからやりづらいかもしれないけど、お兄ちゃんを信頼してるならさ」
「あの方は、どんなに乱暴な真似をしたとしても起きることはない。何なら金貨二十枚賭けてもいい」
「あたしたちの生活費の半分並みね。そりゃ手強い」
 口調は明るかったが、リングの表情には苦々しさが含まれていた。その顔を見て改めて自分には重大な役割があると思い知る。
 王子も願い、城の人間も願っている結婚と跡継ぎ。王子に一番近いところにいるのは、新人ながらも王子の信頼を得ているピアスだ。ピアス自身も、王子により良い地位や見合う報酬を与えられている立場であり、その恩を一日で早く返すことを望んでいた。王妃の言葉ではないが、やれるときにやっておかねば後悔する。ピアスにとって今しかできないことだ。
 眠ってはしまうものの、カフスは決して何も考えていないわけではない。彼自身も克服したいと願っている。今回の舞踏会で唇を噛み締めて懸命に耐えていた王子を見れば、誰にでも分かること。ましてや、カフスの傍に常に控えるピアスには痛い程分かることであった。
 あれはいつだったか、一冊の恋愛小説を使って学んでいた時のことであった。 王子が起きていられるのは、昼間の三、四時間程度。その貴重な時間にピアスは彼に教養を教えていた。
「なあ、ピアス、将来私は結婚できると思うか?」
その頃ピアスはまだ勤めて間もないことだったが、既に様々な出来事を経て王子の問題は理解していた。王子を見れば今にも眠ってしまいそうなほど目がとろん、としていたが、どこか寂し気であった。
 ピアスは暫く迷って、
「王子はできた方ですから、女性が放っておきませぬ」
 と答えた。
「寝てばかりなのにか?」
「しかし、いずれは」
 次第に声が小さくなるピアスに、王子は優しく笑う。
「私も分かっているのだ。今の状態ではダメだと。私の問題がある限り、結婚はおろか、話をするのさえ危うい。未だ、女など、母上や侍女しか知らない、世間知らずだ」
 それにと真新しい小説の飾り気のない表紙をなぞり、
「私は誰かを好いたことがない。だから、この本を読んでも何も共感できない。そんな私は寂しい人間だと思うか、ピアス」
 ええ、とても。簡単にそう告げることはできなかった。せめてそのときの王子に鏡を渡して、その寂し気な目を見てもらいたかった。
「私には貴男の目が、寂しそうに見えます。王子」
 ピアスは胸が張り裂ける思いでそう告げたが、やはりカフスは寂し気な目を伏せて笑うだけだった。
 このままでは、いけない。彼には誰かしら必要だ。
「お兄ちゃん?」
 リングがきょとんとピアスを見つめていた。
「すまん。……そうだな、王子とて、恋する相手が現れれば夢中になるだろう。まだ恋も知らぬ若者だから尚更だ。恋が目覚める時間を増やすきっかけになると思う」
「恋ねえ。でもどうやって? そもそも王子は舞踏会に出られないのよ」
「そうだな、今回の一件で暫く舞踏会は自粛が決まってしまったし、お忍びで会わせるように手配するか……それに誰に会わせるかも考えねばならん」
 王子の身分に釣り合う娘と言うと、当然大富豪に限られてくる。だが、カフスを大切に思ってくれる者であれば、いざとなれば身分の違いなど自分が尽力することで周りを説得したいとピアスは考えていた。
「リング、お前は町の娘たちに通じている。お前の力で何とか娘たちを私のところに連れてきてくれないか?」
「一体どうするつもり?」
「お忍びで会わせる。たとえ中に意に染まる娘がいなくとも、娘たちと多く接触すれば王子も、理想の方を見つけられるはず。だから、一人でも多く集めてくれないか。王子が目覚めている間に、会わせたい」
 リングも納得したように頷いたが、ふと真顔になり、
「王子さまに会わせるんだから、品行が良くて美人じゃないとだめよねえ」
 妹の言葉にピアスは楽しげに唇の端を上げた。
「構わん。醜かろうと美しかろうと王子は女性をご存知ないお方だ。色んな経験をなさるのも良いだろう」
「でも、いいの?」
「お前、知ってるか? 先の王妃は周囲が驚くほど出っ歯であらせられたのだ。だが夜更かしの件はともかく、母性に満ちた優しい母上だと王子がおっしゃられていた。故に見た目がその中身を左右するものではないと、あの聡明な王子は分かっていらっしゃる」
「なるほどね……じゃあお兄ちゃんも王子さまも驚かれるくらい、色んな女の子を選ばなきゃね」
「ああ、期待してるぞ」
 自信ありげに微笑む妹を頼もしげに見つめ、ピアスはココアをすすった。

 妹のリングは、兄と暮らしている部屋がある花屋の店員でもあある。城でほぼカフスに付きっきりのピアスよりも娘たちと接する機会が当然多く、また頼り甲斐のある性格から娘たちからの信頼も厚い。娘たちと楽し気にお喋りする妹を見て、ピアスは安堵を覚えつつ城へ向かった。
 カフスやその他の家臣たちには何食わぬ顔で接しつつ、リングが連れてくるお見合い相手の娘を考えた。自分の相手ではないが、あのカフスに見合う女性は一体どんな人だろうか。そう思うだけで、自然と気持ちが高揚してくる。
 そしてその晩、帰宅したピアスに娘探しのことを問われたリングは、自信有りげに頷いてみせた。
「アンクレット嬢が、会ってもいいって。年は王子より一つ上で、ちょっと世間知らずだけど、美人よ」
 あたし頑張ったわよ、と胸をはるリングに、ピアスも顔を綻ばせて褒め称えた。
「良くやった。流石だな。恩に着るぞ、リング」
 リングの言うアンクレット家は、王家に通じているから尚更都合がいい。 リングの言う娘はその末娘だ。
「これで何とかなるかな」
「それが一番いいに決まってる。が、断言はできん」
 娘はよくとも、王子がどうなるかは分からない。
 そんな少々の不安を残したまま、ピアスは翌晩、リングに手引きしてもらった娘・ベルと顔合わせし、密かに彼女を城に招き入れた。
 リングの言った通り、ベルは人形さながらの非の打ち所がないほどの美しい顔立ちをしていた。やや足ががに股であるが、紺のスカートが大体脛辺りまで隠してあるので気にならない。
 話し方も穏やか……というよりも間の抜けた感じが否めなかったが、まあ何とかなるだろうと目を瞑った。
「夜分遅くに申し訳ございません。ご協力感謝いたします」
 畏まった口調で一礼するピアスに、ベルはおっとりと微笑んで会釈した。
「いえいえ、とぉんでもございませんわぁ」
 おほほ、と高い声で笑いだしたのを見兼ねて、リングは突然彼女の口を塞いだ。
「お忍びなんですから、静かにしてね、ベルさん」
「では、参りましょう」
 しかし、ベルと対面しカフス子は、肝心の話の直前に眠り始めてしまった。いつもならばもう少し長く起きていられるはずだったのだが、何度揺さ振っても、カフスが夢から覚めることはなかった。
 唖然とする兄妹をよそに、ベルは「あらまあ、王子様は根性がお有りでないのね」と、またもや暢気な笑い声を立てるばかりであった。
 何とか数時間後に目覚めたカフスに感想を聞いたものの、早く眠りについたため、ベルの顔を全く覚えてないと言い放ち、ピアスは思わず頭を抱えた。
「王子、何故早く眠ってしまわれたのですか?」
 翌日の勉学の時間に尋ねると、カフスは眠そうな眼を擦り、
「いや、お前から話を聞いたら、楽しみのあまり眠れなかったのだよ。そしたらまさか本人を目の前にして眠ってしまうとは……すまなかったな、ピアス」
 ピアスは目を見開いた。眠れなかったほどに王子が楽しみにしてくれたとは。それだけでもこの作戦を行った意味はあったのだ。
 すると、先ほどまでの落胆した気持ちなど吹き飛んでしまい、ピアスは満面の笑みで、カフスの手を取る。
「王子、次の方を連れて参ります。明晩にでも」
「昨晩の女性は?」
「……ああ、あの方はご都合がつかないそうなので、またの機会に、だそうで」
 やや詰まったように言うと、強引に勉学に話を戻した。ベルが多忙で会えないのは本当のことだったが、その用が他の男性とのお遊びと聞いて、幻滅したからもう会わせたくない、というのが密かな本音だった。
 リングにも伝えたように、容姿端麗でなくても構わない。誠実でカフスの意に染まる者ならば逢わせたい。
 眠気と戦いながら万年筆を動かすカフスを見守りながら、リングに候補の条件を追加して探してもらおうと考えた。

 偽りのない心で、彼を受け止めてくれる女性を、と。
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